「上に立つ者の人間学」に学ぶ――藤尾秀昭さん

【幸せと平和を願う人々の心が臨界質量を超えるとき世界が変わる】

「致知」9月号の特集は「上に立つ者の人間学」。実は船井幸雄さんの著書の中に同名の本がある。ここにそのまえがきを一部抜粋してみることにします。

●私は、いま人間は自らはもとより、人間以外の動植物のみならず、
地球や宇宙にまでも責任を持たねばならない存在であると考えてい
ます。また人間はその責任を果たす無限の能力を持っているようで
す。

●話は変わりますが、今年(1988年)10月、私が社長をしており
ます㈱船井総合研究所が、スイスフラン建ての転換社債を発行する
にあたり、チューリッヒでの調印式にいきました。その折、スイス
銀行はじめ多くの現地銀行のトップの人々と長時間話しました。そ
こでは世界政治や経済のことがもちろん話題になりましたが、第一
線の経営者であるわれわれがもっとも長時間話しあったのは「人間
のあり方」についてでした。

船井さんは、人間の根本的なあり方、思考、言動こそ大事な時がきた、と結んでいます。

藤尾秀昭さんも、修身こそが上に立つ者の根本条件としたうえで、特集の要点を簡潔に解説してくれます。

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「致知」2006年9月号【特集・上に立つ者の人間学】p7、藤尾秀昭・編集発行人

組織の長だけではない。人の子の親も「上に立つ者」である。人が人の間で生きる限り、そこには必ず長幼の序が生まれる。上に立つ者の人間学が重大な所以(ゆえん)である。

では、上に立つ者に求められる条件とは何か。本誌の数多い取材の経験を通して、次のようなことがいえるのではないか、と考える。


中国の古典『烈子』にこういう話がある。

楚(そ)の荘王が賢人の何(せんが)に国を治める方法を尋ねた。

「私は身を治めることは知っていますが、国を治めることはよく存じません」と何は答えた

「私は君主となったので、国を守る方法を学びたい」と荘王は言う。

何が言う。

「私は君主が身治まって国乱れたのを聞いたことがありません。また君主が身乱れて国治まったのもきいたことがありません。本(もと)は身にあります。ですから、お答え申し上げるのに、末梢(まっしょう)を以(もっ)てすることはいたしません」

「よし、わかった」と荘王は言ったという。

修身こそ上に立つ者の根本条件、とは古来教えるところである。これこそ現代にも不変の第一条件であろう。

第二条件は実力である。実力とは実行力のことだと故豊田良平氏(元関西師友協会副会長)は喝破されたが、実(行)力のない人を上に得た組織ほど不幸なものはない。

第三条件は感化力である。人を巻き込んでいく力、人の意識をかき立てていく力である。よき感化を与えないと、組織は病む。

さらに言えば、上に立つ者に私心のある限り真の感化力は生まれない。長の私心は組織に紊乱(ぶんらん)をもたらす。無私と感化力は一対である。

第四条件は勇猛心である。自己と組織の向上のために、いかなる困難にも臆(おく)せず、奮い立っていく心、小成に安んじず、未知の世界に立ち向かって努力精進する心である。

第五条件はロマンである。方向を示す力といってもいい。

そして、何より大事なのは「人を思いやる心」であろう。

「大きなことをするのではなく、人に思いやりを持つ人は神仏が大きな目で見ている」―― 一燈園創始者、西田天香氏の言葉である。


一国は一人を以て興り、一人を以って亡ぶ、という。

小は家庭から大は国家まで、人間が集うあらゆる組織の盛衰は、上に立つ者のいかんで決まる。上に立つ者の責任は大である。

最後に、明代の哲人、呂新吾の言葉を紹介したい。

「寛厚深沈、遠識兼照、福を無形に造し、禍を未然に消し、智名勇功なくして、天下陰にその賜(たまもの)を受く」

どっしりと落ち着いていて、広い見識があり、人の知らない間に福を造り、禍は未然に消す。そして誇らない――そういう人物こそ「上に立つ者」の至れる姿だというのである。


各界各様、「上に立つ者の人間学」に学ぶ。
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