司馬史観は、周辺諸国の態度や状況に目をつむった暴論である――古荘光一さん

【 このブログはメルマガ「こころは超臨界」の資料編として機能しています 】

誰が「南京大虐殺」を捏造したか[2]
古荘光一・フリージャーナリスト
【「WiLL」2012年3月号
http://tinyurl.com/6sk94ur、ワック出版、p276 】

  ◆司馬遼太郎の暴論
  ◆日本史、三つの錯覚
  ◆サボタージュした歴史家
  ◆日本を脅かし続けるロシア
  ◆キリスト教と義和団事件
  ◆宣教師が略奪に走る
  ◆支那の崩壊を食い止めた
  ◆対ロ同盟案を聞き流す

◆司馬遼太郎の暴論

「南京大虐殺」はあとで詳しく見るとおり、蒋介石によるプロパガンダだったと証明できるが、支那事変を仕掛けてくる蒋介石の背後にはソ連の独裁者、スターリンが控えていた事実を見逃せない。

「南京大虐殺」自体は蒋介石に仕えるアメリカ人宣教師、ドイツ人ビジネスマンらが文章にしたが、その主目的たるアメリカの支援獲得、アメリカをして対日経済制裁に踏み切らせる具体的アイデアはソ連が提供したのではないか。そう推測させる材料がある。いずれ具体的に触れる。

スターリンの親分だったレーニンは、「日本とアメリカに戦争させろ」という意見の持主だった。当然、スターリンも同様に考えたに違いない。日本はソ連にとっての脅威であり、それを取り除くのが日米戦争である。そう考えて蒋介石を操った公算はゼロではない。

ただ、ここでソ連を持ち出すと、とてつもない飛躍のように受取る向きがあるかと思う。なぜなら、日本人の多くはソ連の前身であるロシアについて、ある時期の動向を歴史の授業で教わっていないからである。その結果、知識人ですらそれをご存知ない例が出てくる。

最近、満州、蒙古などにおける日本軍の動向について、数々の事実を発掘した日本の著者がいる。ところがその労作にも、ソ連もしくはロシアがどうして日本の脅威になったのか、歴史の経過に言及がない。あたかも、悠久の昔からロシア人が隣にいて、いつしか脅威に成長したように読めてしまう。

もっと醜いのは、『坂の上の雲』で大当たりをとった作家、司馬遼太郎の歴史観だ。

日露戦争の勝利のあと、ポーツマス条約に不満を抱いた大衆が朝日新聞と壮士らに煽られて、東京・日比谷での焼き打ち事件をはじめ、全国各地で騒動を起したが、これについて次のように述べた。

《私は、この大会と暴動こそ、向こう四十年の魔の季節への出発点ではなかつたかと考えている。この大群衆の熱気が多量に――たとえば参謀本部に――蓄電されて、以後の国家的妄動のエネルギーになったように思えてならない》

これは、周辺諸国の態度や状況に目をつむった暴論である。復讐心を燃やすロシア、依然、内政の改まらない韓国、内政改革に踏み出せない清国、それにフィリピンを占領する一方で対日警戒感強めるアメリカなど、日露戦争以降の日本は自衛が最大の課題となる。それを見落としているのが司馬史観である。

このように、日本人の歴史常識には意外なところで大きな穴がぽっかりと開いている。

【 これらの記事を発想の起点にしてメルマガを発行しています 】
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« そこへやってきた... ゴミのように見え... »


 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
現在、コメントを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
 
現在、トラックバックを受け取らないよう設定されております。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。