園長ブログ

児童養護施設、伊豆長岡学園の様子と、園長の日々想うこと、日々の学びを、つれづれに書きしるすブログです

静かな時間

2017年04月06日 06時28分07秒 | Weblog

明日は公立高校の入学式、明後日は小学校と中学校の入学式です。

4日には私立高校の入学式が終わっています。

新入学は、小学1年生が二人、中学1年生が5人、高校1年生が3人です。

新しい学校生活に期待と不安を胸にしていると思います。

 

静岡県は桜の開花が遅れていて、ようやく咲き始めています。

入学式には5分咲きぐらいでしょうか。

昨日は、本園の一つの寮が近くの公園に花見に出かけていました。

 

新学期の準備も始まっています。

学園の子どもで、わたしと瞑想をやっている子が4人いますが、昨日は2人加わり、6人に増えました。

みな希望して加わっています。

強制ではなく希望制なので、いつやめてもよいと伝えています。

静かな時間を持つことによって、心と体が休まって、自分の本来の力が出せるようになることを説明しています。

小学2年から5年の小学生4人、中学1年と3年の中学生2人です。

 

瞑想が日本では、宗教っぽいと敬遠される傾向があります。

20年ぐらい前に起きた、大きな事件を起こした教団がヨーガや瞑想を実践していたことも多少関係しているかもしれません。

超越瞑想は宗教ではありません。

信じる信じないは関係ありません。

一つの技術です。

 

超越瞑想が、世界では、大分広がっていることが、読書をしているとわかります。

超越瞑想の教科書として使われているマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーさんの「超越瞑想 存在の科学と生きる技術」

という本の帯には以下のように書かれています(茶色で表記します)。

 

自分の全潜在力を活用しなければ、人は生命の目的を成就することができません。

いろいろなことで悩むのは、自分の心の意識の力、すなわち内側に所有している大きなエネルギーを十分に活用していないからです。

生まれつきもっている豊かな絶対的至福、内側にある創造性や力の絶対領域を体験して、それを自分の人生の中に現すということをしていないからです。

このような人は、ちょうど、自分に財産と地位があることを忘れてしまって、通りで物ごいをして歩いている億万長者のようなものです。

すべての苦しみは、自分自身の内側にある神聖な栄光を外に表現する方法を知らないために生じるものです。

 

「通りで物ごいをして歩いている億万長者のようなものです」

という表現は、とてもわかりやすいです。

なかなか、瞑想???と思っている人たちに、その力を伝えるのは難しいです。

子どもたちは、まだ生まれて間もなく、凝り固まっていないので、柔軟な姿勢があります。

潜在力を発揮しやすいです。

本の副題の「存在の技術と生きる科学」という言葉はちょっとわかりにくいかもしれませんが、

そもそも「存在」を説明できる学問は、なかなかありません。

ビッグバンとか相対性理論とか量子物理学とかいう宇宙の起源の科学がその分野です。

マハリシさんは大学で量子物理学を学んでいて、ヨギより超越瞑想を長年教わった変わった経歴の人です。

読書をしていると、人には無限の可能性がある、という言葉を何度も目にします。

そのルーツは、大昔の賢者の知恵のようです。

それらをスティーブ・ジョブズさんとか、稲盛和夫さんとか、経営者の人たちは学び生かし実践し結果を出しています。

 

静かな時間を毎日の習慣として取り入れていくと、何かが変わっていくことを実感していきます。

自分自身の潜在能力を早くから使えるようになりたいと、希望する子どもたちに、これからも伝えていきたいと思います。

 

最後までお読みいただいて、ありがとうございました。

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