幸せは途切れながらも続くのです☆

発達障害が治るまでの記録

今はもう遠い昔

2017年05月14日 21時12分08秒 | 日記
今日は仕事を終えると、慌てて帰宅。
なぜなら、中学の時にお世話になっていた先生が家に来ることになっていたからだ。
この先生は、たまたまその後妹の担任になり、姉妹でお世話になった縁もあり、いまだに交流が続ている。
御年、55歳。
生涯担任学級を持ちたいと、いまだに現役でクラスを受け持っている。
ハンドボール部の顧問をしていて、遠征先でお土産を買っては、よくうちに届けてくれる。
私は1年間、数学を習っただけだが(妹は2年間担任)、当時、私が通った中学校では珍しく、先進的な考えを持っていた先生で、古参教員ばかりの学校ではちょっと浮いた存在だった。
私は、先生の独特の雰囲気が嫌いではなかった。
もともとは、地区外のエリアで先生をしていた人だ。
そちらでは常識でも、うちの校区内では非常識ととられる発言もあったようで、度々、お年寄りの先生から問題視されることもあったらしい。
でも、私は先生の考え方はとても面白いと思っていた。
妹とは3年ほど年が違う。
妹の学年を担任していた頃には、すっかり大人しく、品行方正な先生になっていた。
だから、妹に、私の学年を教えていた頃の先生の話をすると、「え~~~!?」という反応が返ってくる。
結構、先生は武勇伝を持っている。

今日は1時間ちょっと話し込んだ。
学校の話、部活の話、思い出話。
今、学校にいる発達障害の子の話。
私が中学に通っていた頃の話。
先生はとても多忙で、7時半には学校にいて、夜10時過ぎにしか家に帰れないらしい。
死ぬよ、と冗談めかして私が言う。
先生は、生徒のためなら、死んでいいかもと答えるような人だ。
なぜか、先生の周りには問題児が多く集まって、でも、そういう問題児が最後には先生には心を開く。
そういうことが中学の時、多々あった。
妹の学年にいた不登校の子。
結局、学校に来ぬまま卒業したらしいが、その子のところに今も通っているらしい。
その子がどういう反応をとるのかまでは知らないが、通うのが好きだから行っているという。
なんとも、先生らしい話だ。

お茶を飲みながら、昔話に花を咲かせ、あっという間に15時。
私は用事があったので、退席して近くの生涯学習館で開かれているマルシェに出かけた。
高校の時の同級生に、本を渡したかったからだ。
愛甲さんの「愛着障害は治りますか?」をプレゼントしたかったのだが、お互い忙しく、なかなか会う機会がなかった。
今回、マルシェに出店するために、わざわざ福岡から帰ってきているようだったので、出かけることにしたのだ。
彼女は、高校時代のクラスメイト。
3年生の時は、私の後ろの席だった。
本はとても喜んでもらえた。
福岡の中学校では、支援級の先生をしているらしい。
花風社の本が、学校に並んでるよ、と教えてくれた。

はっきり言って、高校の思い出は、いいものがない。
しかも、3年生のクラスとなると、もう最悪だ。
学校始まって以来の騒々しいクラスで有名で、動物園の方がまだましだっただろう。
私は、絶え間ない騒音の中で、まだ感覚過敏を抱えているとも知らず、集中できない自分にいらだちを隠しきれなかった。
「私、尖ってたよね~」
「いやいや、今やったら藤家さんの大変さ、よく分かる。ほんとあの頃はごめんね」
そんな会話を交わした。
正直、彼女とは、高校時代もそんなに親しいわけではなかった。
何回か会話したぐらいだ。
大人になって、FBで再会して、今に至る。
クラスメイトに対しては、ほとんど恨みしかなかった。
〇〇された、とか、特定のことに関してというより、うるさすぎだったからだ。
ただでさえ過敏な聴覚。
授業中の鉛筆の音さえ、耳障りでたまらないのに、その授業そのものが妨害されてしまうくらいに話し声がすさまじかった。
私は、軽くノイローゼ状態。
いつもイライラしていて、記憶にあるのは、騒音だけだ。

でも、たった一言ごめんをもらえて、それまでのすべてに対する恨みが、キレイに流されていった。
彼女をピンポイントで恨んでいたわけではないし、また、彼女のように全員が昔の私を理解してくれるとは限らないのだけれど、もうすべてが無に帰した感じがした。
そして、ここでも1時間ちょっとおしゃべりをした。
発達障害に関することも、関係ないことも。
あああ、高校の時、こういう感じで軽くおしゃべりが楽しめたら、どんなに良かったかな。
そうも思った。
そして、もう一人。
中学の同級生も一緒になって、人生について語り合った。
彼女とは、中学時代も、一言も話したことはなく、顔見知り程度で。
だけど、話してみたら、こんなに深い話ができる相手だったんだ、と知った。
まあ、9クラスもあるマンモス中学校に通ったのだから、一人や二人、話したことがない人がいてもおかしくない。
新しい出会いをもらえて、なんだか幸せを感じた。
傾きかけた太陽の光を身体に浴びながら、私は家路についた。

あの頃は、もう遠い昔になった。
最近は、ふと、何かを思い出したりする。
でも、フラッシュバックとかではなく、静かに、波のように、ひたひたと押し寄せてくる感情がある。
もしかすると、記憶が再生されているのかもしれない。
もう一人の私で過ごした頃の記憶が、私に馴染んできているのかもしれないと思うことがある。
それは、デジャブに似ている。
でも、確かに感じたことがある気持ちが、音楽の音とともに戻ってきたりするのだ。
まだ、あの頃のすべてを見渡すには、靄がかかりすぎているけれど、遠い昔、一生懸命生きていた頃の記憶も、悪くはない気がする。
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