哲学以前

日々の思索を綴ります

救済

2017-05-15 15:45:32 | 日記
島薗先生の『現代救済宗教論』が届く。
一瞬、「何で注文したんだっけ?」と判断に迷った。

色々なことを同時にやりながら瞬間的な閃きで頼んだ件は忘れていることが少なくない。

しばし考えて「そうだ、ウェーバーの宗教の死の苦難の弁明類型から芋づる式に辿り着いたんだった」と思い出す。

島薗先生のこの本でヤスパースの「枢軸時代」(軸の時代)という捉え方を知った。

宗教の「救済」という考えは今の私の琴線に触れるものだから、「出隆の青春」も「救済されるべき出隆の苦悩」という視点から読み直してみたいと考える。

出隆18歳の日記に認められた苦悩の一つが「恋の悩み」。意中の女性の家の前を通り過ぎたくて友人を「出汁」にして散歩する。一つ年下の少女に会いたい、けど会うのが怖い、そんな若き想いが綴られている。

オナニーをし、罪悪感を感じつつも、こんな自分ではいかん、もっと大きな人間にならねばと自らを責め、またそれを日記に綴る。

春秋に富み、多情多感で内部葛藤の盛んな未成年の心が隠すことなく露わにされている。

そしてロシア文学の出隆への影響。

「今の僕はロシア文学の陰惨暗黒な色合、強壮悲壮な苦痛、巨大な風格に最も惹かれる。弱者には宗教が必要です、大きな信仰を要します。自分の中の理・知・感のうちどれを信仰するか、理性・知性によれば死以外に道なく、又感情と他力によれば盲者啞者になるほかなし。」

トルストイの名前が揚げられているが、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』なんかも読んでいたのだろうか?無神論者のイヴァンの精神崩壊とか・・・

ちなみに夏目漱石にドストエフスキーからの影響があったか否かも興味深い。




ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 出隆と正宗白鳥 | トップ | プラトン »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。