哲学以前

日々の思索を綴ります

メモ、大東亜戦争

2017-05-17 15:43:45 | 日記
大東亜戦争の頃の「大東亜共栄圏」という発想も行く行くは検討しておきたい。

キーワードは新渡戸稲造や矢内原忠雄だろうか?

キリスト教徒であり、もちろん武士道も唱えた新渡戸稲造が「人道主義的な見地から植民地政策を唱えた」というあたりや、同じくキリスト教徒であった矢内原忠雄が植民地政策学を修めたということ。

法学的にいう「悪意のない」、知らなかった・分からなかった善意があったのだろうか?
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