哲学以前

日々の思索を綴ります

歴史を使う

2017-01-30 13:12:53 | 日記

堺屋太一さんの本で『歴史の使い方』というのがある。

12年前の2004年のものだ。堺屋さんって大河ドラマの原作を手がけたりして歴史作家のイメージがあったけど、元々は東京大学の経済学部を出た官僚で、後に政治家にもなった。

その堺屋さんの『歴史の使い方』には「歴史の空白を想像する面白さ」の更に次の段階に「歴史を未来予測に使う面白さ」があると書いてある。

「歴史の空白を想像する」というのは所謂「歴史学者」のやっている仕事などで、まだ解っていない過去の歴史の空白を想像し仮説を立てて調査し実証するのだろう。

それに対して「未来予測に使う」というのは「歴史は繰り返す」とも言われるように同じようなことが起こり得るんだ。それが昼や夜が繰り返すとか春夏秋冬が繰り返すといった自然の循環とは違って「人間には繰り返したがる思考の習慣がある」のだと私は思っている。

つまりはデイヴィッド・ヒュームの述べる「因果法則ではなく習慣」ということに同意するものなんだけど。

だから例えば或る個人がアレクサンダー大王やナポレオンのようになりたいと真似をする=歴史を繰り返すことも出来るだろうし、そうではなくガリレオ・ガリレイのようになりたいと真似をする=歴史を繰り返すことも可能だろう。

そこには「人間の自由意志」としての「選択の自由」がある。いくつもの可能性の中から特定のものを選んで実践するんだ。当然に「繰り返さない自由」をも合わせ持っての<選択権>だ。

だから「歴史は繰り返す」と言ったって過去の歴史の中には無数の事例があるわけだから、そのどれをどのように繰り返すかは人によりけり多様なんだ。

日本の場合は過去に中国や朝鮮半島の文化を貰ってきた=歴史を繰り返したわけだし、近代になってアメリカやドイツの文化を貰ってきた=歴史を繰り返したわけだ。

だけど、今後はいつの時代のどの国の歴史を繰り返すのかは正に日本人が主体的に選択し実践していく問題だ。

何もたった一つの国の歴史を純粋に繰り返す必要もなく、多種多様な国の歴史を複雑に混合して繰り返すことだって出来る。

その場合、歴史は繰り返されているんだけど全く新しい史上稀な出来事だって生じ得る。<日本>という一国の中でアメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、イタリア、スペイン、エジプト、アフリカ、・・・・といった多種多様の国の歴史が複雑に入り組んで繰り返されるわけだから。

その意味では工学と一緒だよ。人間が人為的に作っていくものだから、自然科学の法則に従っているといったって何のために何の原理を選んでどう活用するか=どんなモノを作るかは人間の思考次第なわけだから。

スティーブ・ジョブズの「点と点とを繋ぐ、connecting the dots」だよ。アップル社のスマホ作りなんかと同じように歴史も作っていくことが出来るのさ。

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