哲学以前

日々の思索を綴ります

生きる意味

2017-05-11 06:49:41 | 日記
カントアーベントの懇親会で榊原先生と話したときに「生きる意味」なんて言葉を榊原先生が口にした。

それは確かに私の心の扉を叩く力をもっていて、思わず「現象学に生きる意味なんて扱うことが出来るんですか?」なんてことを口走ってしまった。

「出来るよ、現象学って意味の現象だから」と先生が言う。

確かに今の私には「生きる意味」は喪失されている。色々と頑張って懸命にやってることはあるけれど「生きる意味」というのは解らないな・・・・。

榊原先生は「ケアの現象学」なんてのを研究してるから、もしかしたなら患者に生きる意味を見いださせるような研究・実践もしてるのかも知れない。そんな看護師さんがいたならば素晴らしいことだとは思いつつも、それは職種の範囲を超えた達人のような仕事だよなと考えた。

兎も角、現象学が生きる意味なんか扱ってるのか少し調べてみたところフッサールの弟子にマックス・シェーラーという人がいたことを知った。そのシェーラーの著作を読みたいと思ってヤフオクで15巻セットで1万2千で出てたのを買おうとしたのだが、他の誰かに競り負けて、買い逃した。

1万2千だったら買ったのだが2万も3万も出す気にならないから、取り敢えずは保留にしているが、安く売りに出てた『人間性の価値を求めて』を買ってみた。
そこにこんなことが書かれている。

「シェーラーはその著作の中で、愛と知識がいかに相互に関連しているか、さらに正確には愛が人間の価値認識にいかに関連しているか、という問題に繰り返し立ち戻っている。」

「愛と知識」って現象学に限らず『哲学以前』や倉田百三や高橋里美や旧制高校や、そして勿論プラトンも、哲学の根本的なテーマじゃなかろうか?

ちょっと時間をかけて追いかけてみたい。
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