哲学以前

日々の思索を綴ります

アジア的

2017-02-12 08:36:29 | 日記
小谷汪之さんの『マルクスとアジアーアジア式生産様式論争批判』を注文した。

滝村の論考を考察するに当たって「アジア的」なる概念を追究する必要が生じたため。

コトバンクで見つけた小谷さんの「アジア的共同体」の解説が、正に弁証法的な対立概念であったため参照することは必至だな、と。

「アジア的共同体

・・・このような旧アジア社会のイメージは、マルクスのみならず19世紀ヨーロッパ思想にほぼ共通するものであった。しかし近年、アジアやアフリカの社会についての歴史学的、人類学的研究の発展によってこのような旧アジア社会のイメージが、実体としてのアジア社会のあり方からはほど遠いものであり、むしろヨーロッパ人のアジアに対する偏見に多く根ざすものであることが明らかになった。」(小谷汪之)

「アジア的」という概念がマルクス主義に由来するもので、マルクスは具体的にはインドについて語っているらしいのだが、インド史を専門としている小谷さんのような実証史家からの「アジア的共同体なる概念が果たして成立し得るか?」との提言は、マルクス主義者でありマルクスの著述に沿って思考を展開している滝村を俯瞰的に見ることに繋がって行くだろう。

それは<北一輝>論にしろ<アジア的国家>論にしろ、滝村=マルクス主義から卒業するために避けては通れぬ道なのだと考える。

小谷さんのもう一つの『共同体と近代』が古書で高値となってしまっていて手が出ないのが悔しい・・・

遅々とした歩みながらも教養への道は続く。


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