哲学以前

日々の思索を綴ります

さいりんぶんじ及び南〇学派の出隆評

2017-05-20 09:24:30 | 日記

「これはひとえに、出隆の論理能力の幼さ、低さが、つまり、その解答を論理として把握しえず、文学として感じてしまった秀才の悲しさが、そこにはあるのである。」(なんごうつぐまさ『武道と弁証法の理論』)

「しかしながら、出隆は歴史に残るような哲学者が何を知ろうとしていたのかということにはあまり問いかけず、「知識欲」「真理への愛欲・知欲」などと、何かを知ろうとする人間の認識の面ばかりに問いかけていたのである。(中略)
 これらの事実から、出隆はそれまでの研鑽において、哲学に関してどのような学びをしてきたのだろうか、その学びの過程に欠陥があったのではないかと疑問が生じてきたのである。」(さいりんぶんじ「出隆『哲学以前』を問う」)

さいりん氏は元教師で現在は医師だというが・・・尊大不遜とは良く言ったもので、相手を馬鹿だと思い込んでしまうと、実は馬鹿なのは自分のほうじゃないのか、自分が師と仰いだ人間がニセモノだったのではないかとの冷静な判断が出来なくなる。

そうした先入観で患者の診察をしたならば、先入観まるだしの誤診の連続・・・かどうかは私は氏の本業での仕事ぶりを知らないので断言は出来ないが、そう思われても致し方あるまい。

1年後の氏の認識が己の勉学の態度に大いなる反省をもって正道へ軌道修正していることを願いたい。
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