老犬チロとの生活

雑種の元保護犬チロです。
 2014年3月12日 17歳4ヶ月で
 虹の橋へと旅立ちました。

最期の日とその前のこと

2014-03-29 13:30:59 | チロとの生活
前の記事と重複する部分もありますが、3月に入ってからのチロの様子を
ここに書き留めたいと思います。


少し長文になります。


3月2日の夜中、チロの呼吸が荒くなり30分位ウトウトしては目を覚ますを朝方まで繰り返し
5時頃やっと落ち着き眠り始めました。

しばらく寝て目を覚ました後は朝ごはんを食べました。
夜も完食はしましたが、この日から食べるスピードがぐっと落ちました。


4日と5日も、ゆっくり休み休み、朝夜完食しました。
呼吸は穏やかでしたが心臓の鼓動がいつもよりとても速かったです。
食べ方などを見ても、食べたいけれど途中で疲れてしまって、身体のすべての機能が低下している
ようなそんな感じがしました。


6日は体調が良さそうだったので「行くなら今日だ」と病院へ行きました。
レントゲン検査の結果、軽い肺水腫であることがわかりましたが「ほんの少しでまだ呼吸が苦しく
なるほどではない」とのことで、少量の利尿剤をもらってきました。
この日も朝夜完食しました。


7日は朝ごはんの途中で力尽きてしまい、ごはんの中に鼻を埋めてしまいましたが
夜は完食しました。



「食べること、排泄すること」どちらも体力が必要なのだと改めて実感しました。



8日も朝夜ほとんど残さずに食べてくれました。


9日午前、また呼吸が荒くなりました。
この時はじめての「眼振」もあり、午前の診療には間に合いそうもありませんでしたが
診ていただけるか病院に電話をしました。
電話に出た方に「時間外でも大丈夫ですが、午後から院長が手術の予定なのでしばらくお預かり
することになります」と言われ、「置いていくってことですか?」と私が聞くと「そうなります」
と言われました。
しばらく悩んだ末「お願いします」と言って電話を切りました。

間もなく折り返し院長が電話をくださいました。
院長の指示通り舌の色が紫になっていないことを確認し「眼振がある時は車に乗せると可哀想
だから少し様子を見ても大丈夫、何かあったらすぐに連絡をください」と言われ、しばらく家で
様子を見ることにしました。

呼吸が荒いことと、はじめての眼振でとても焦りましたが、その眼振も一時的なものですぐに
治まり午後からは呼吸も落ち着きずっと寝ていました。
この日も夜ごはんはだいぶ食べました。


10日も朝ごはんはほとんど食べましたが、夜は少ししか食べられませんでした。

10日のチロ。




11日は朝も夜も食べられず水分のみ。
午後からレンタルした酸素マスクをつけて過ごしましたが、この時はまだもう少し一緒に
居られると思っていました。




12日の朝、母が仕事に出かけて間もなくの10時すぎ、チロの前脚が小刻みに震え始めました。
急いで近くの父に電話をしてすぐに帰ってきてもらい、クッションをあててみたり二人であれこれ
やっているうちに、ここ最近で一番と言っていいくらい、とてもとても穏やかな呼吸になりました。

私は午前中にどうしても済ませなければならない仕事があり、チロを父に見ていてもらって
11時から20分ほど出かけました。

チロは待っていてくれました。


生前最後のチロです。





父は後ろ髪を引かれながら仕事に戻り、それからはチロと私のふたりでした。
もうお別れが近い気がしたので、私はチロから一瞬でも目を離したくなくて母に電話をする
ことができませんでした。

亡くなる直前、チロの歯がカチカチカチと3回鳴りました。
その後は、少しアゴを引きながら同時に喉の奥から「グー」っという小さい音が聞こえました。
4,5回繰り返したでしょうか、最後に大きくアゴを引いて呼吸が止まりました。
心臓を確認したらまだ動いていましたが、間もなく鼓動も感じられなくなりました。
12時12分。



私がずっと恐れていた心臓病の最期。
その前に老衰で旅立つことを願い続けてきました。
チロの最期は私が恐れていたものとは違い、とても穏やかな最期でした。


それともう一つの願い、旅立ちの時に一番近くで側にいてあげることができました。


後日病院へご挨拶に行った時も、院長が「チロ君は最期までちゃんと薬を飲んでいたから
ギリギリのところまで生きられたんですよ。少しずつすべての機能が低下したことによる
老衰です。だから本人もそんなに苦しくなかったはずですよ」と言ってくださり少し心が軽く
なりました。

ブロ友さんも「チロちゃんはほんとに、身体の機能がひとつずつ、ゆっくり、止まって
いくような理想的な老衰だったよ」と言ってくれて、私は大泣きしました。


今でもその時々の判断は正しかったのか、もっと出来ることがあったのではないかと
悲しさ半分、後悔半分で毎日涙が出ます。


でも、みなさまからの励まし、温かいお言葉のおかげで少しずつ前を向いていけそうです。
本当にありがとうございました。



チロ、ありがとう。
食いしん坊のチロらしく、亡くなる2日前まで自力でごはんを食べて偉かったぞ。
前の日の夜に、決して下痢ではないウンを少しずつ何回かに分けて全部出して
お腹を空っぽにして旅立ったね。
旅の途中で食べるお弁当、いつも食べていたお肉とヨーグルト、大好きだった干し芋
お腹いっぱい食べてくれたかな。
母さんは、最期まで立派だったチロを誇りに思うよ。
うちの仔になってくれて本当にありがとう。
ずっとずーっと大好きだよ。



長々と読んでいただきありがとうございました。
レンタルした酸素についてはまた後日書きます。

思い出の立位保持器

2014-03-21 15:32:33 | チロとの生活
コメントのお返事が遅れていまして申し訳ありません。


たくさんの温かいコメント本当にありがとうございました。
初めてコメントをくださった方もいらして、思いもよらずチロのことを多くの方が
見守ってくださっていたことを知り、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、ブログにチロのことを書いてくださったみなさま、ありがとうございました。



いつもいた場所にチロの姿がないことにまだ慣れません。
祭壇に向かって家族みんなが「ろーちゃん、ろーちゃん」と話しかけています。
チロ、聞いてる?どこにいるの?


父が、思い出のたくさんつまった立位保持器を改造して祭壇を作ってくれました。
みなさんから頂いたお花を飾れるよう2段にしました。
祭壇はチロがいつも寝ていた場所です。



ラフィ&あみままさん、かぶちゃんのパパママさん、アズキママさん、いぬのぶーさん
ハリーパパさん、きれいなお花を本当にありがとうございました。



毎日チロの体を支えてくれた大切な宝物が形を変えて残ります。







父ちゃん、ありがとう♪


お空へ旅立ちました

2014-03-15 15:14:05 | チロとの生活
ご報告が遅くなってしまい申し訳ありません。


チロの旅立ちにたくさんのお悔やみのコメントを頂きまして心より感謝いたします。
みなさんからの応援のおかげでチロも私も頑張れました。
たくさんの知恵をみなさんから授かり、試行錯誤しながらも私なりのお世話をすることが
できました。


いつも私たち家族の中心にいたチロがいなくなり、寂しくて仕方がありません。
父は寂しさを紛らわすように、立位保持器を改造してチロの祭壇を作っています。
チロは大きな大きな存在でした。




3月13日 正午

チロはお空へ旅立ちました。

この日は朝から雨が降ったりやんだりしていました。
でも12時少し前に雨はあがり、チロが旅立つ12時にはお空が少し明るくなりました。
よかったね、チロ。
チロがいい子だったからだよ。




17年間過ごした家を出発する前のチロです。






お友達バセット、タローのパパとお世話になったガソリンスタンドにも寄って
チロとお別れをしていただけました。




チロが亡くなった日の夜は、一緒にお散歩をしていたアズキちゃんが会いに来てくれました。









アズキちゃん、アズキママ、ありがとうございました。
その後、チロを保護してくださった母の職場の方も会いに来てくれました。



お花をお送りくださった、ももちぇりさん、alimamaさん、クッキーママさん
チャラママさん、ラナママさん、きれいなお花を本当にありがとうございました。




コメントのお返事が後になってしまい申し訳ありません。

ありがとう

2014-03-12 21:22:33 | チロとの生活
最愛のチロが今日3月12日のお昼12時12分お空に
旅立ちました。

17祭4ヶ月12日、チロは私たち家族にたくさんの幸せを
くれました。


最期までなるべく苦しくないようにと、昨日酸素のレンタル
をして午後からは酸素マスクをして過ごしました。
昼間は眠れても夜中や朝方に呼吸が少し荒くなる時も
ありましたが、昨日はだいぶ夜も眠れて「酸素をレンタルして
良かったね」と家族で話していたばかりでした。

この二日間はリビングの床に布団を敷いてチロの隣で
たくさんお話しをしながら寝ました。
今日も隣でお話ししながら寝ます。

チロの声が頭から離れず、今日は何度かチロの呼ぶ声が
聞こえた気がしました。


今までたくさんの応援本当にありがとうございました。
みなさんには感謝の気持ちでいっぱいです。


この数日間のことは、また後日に改めてお話しさせてください。


チロは明日の12時にお空に帰ります。

病院へ行って来ました

2014-03-07 18:55:43 | 病気・病院
昨日病院へ行って来ました。


夜中に呼吸が荒かった翌朝の月曜日は、呼吸もだいぶ落ち着いて食欲があったこともあり
少し様子を見ることにしました。
夕方の様子を見て病院へ行くか決めようと思い一時帰宅しましたが、落ち着いてぐっすり
眠っていたので病院はやめました。

心臓病は治る病気ではないし、苦しみだけを取り除いてあげてあとは家でゆっくり
させてあげようと家族で話し合いました。

火曜と水曜もゆっくりながらも朝も夜もごはんは完食してくれました。
でもすべての機能が低下しているような、一気に老衰が進んだような感じがしました。

火曜と水曜は担当の院長が非番だったので明けた昨日、病院に電話をしてこの3日間
の様子を伝えました。
「まだ食欲があるなら出来ることはあるし、肺水腫も心配だから動かせそうなら
連れてきて」と院長に言われ、午後一で診てもらうことにしました。


結果は「左肺の軽い肺水腫」でした。
でもまだほんの少しで、呼吸が苦しいほどではないとのことでホッとしました。
軽い利尿剤で様子を見ることになりました。
心臓の収縮はいつも通りいいそうです。

もうひとつ心配なことは、肝臓の数値が急激に上がっていました。
GPTが410、GOTが113、こんな異常値ははじめてです。
肝臓を保護する薬も飲むことになりました。



検査が終わった後10分間ネブライザーをしてきました。









今朝は最後まで食べきる体力がなく、ごはんを残してしまいました。
夜ごはんはまた完食してくれると信じています。

私はだいぶへこんでいますが、チロは頑張ってくれています。
チロが穏やかに過ごせるようお世話をがんばります!



みなさん、いつも応援ありがとうございます。
心から感謝しています。