西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

初世 鳥羽屋里夕

2016-04-30 | 役者絵
これは初代歌川豊国(明和6~文政8・1769~1825年)の役者絵
「三重襷賄曙(みえだすきせたいのあけぼの)」(文化10・1813年)で、
中村座の7月興行「太平記菊水巻(たいへいききくすいのまき)」の二番目大切りの舞台だ。

書き入れに「大切り 相勤め申し候」とある。

おちよが沢村田之助(2)、半兵衛が坂東三津五郎(3)。
浄瑠璃は富本豊前太夫(2)で、三味線が鳥羽屋里夕(とばやりせき)とある。

里夕は里長の弟子で、この絵の姿を見るとどうやら盲人のようだ。
里長も鳥羽屋三右衛門に入門した時は、里の都(さとのいち)という名の盲人だったから、
そのつながりだろうか。

里長が富本→常磐津→富本→常磐津と行ったり来たりしていた関係で、
里夕もそれに従ったが、この絵の前年(文化9)に古巣の富本に戻り、豊前太夫の相三味線になった。

初代から松平不昧公に贔屓にされていた関係から、
富本節は今や大奥女中の必修音楽でもあり、資格審査の対象でもあるという、
ハイグレードな音楽になっているのだ。

豊前太夫が武士のような裃姿で語っているのはそれゆえか。

             


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心猿の秋の月

2016-04-29 | 役者絵
これは初代歌川豊国(明和6~文政8・1769~1825年)の役者絵
「姿八景 心猿の秋の月」(文化10・1813年)だ。

6月の森田座、二番目大切りの所作「またここに姿八景」で
7代目市川団十郎による八変化舞踊の一つだ。
この曲は杵屋六三郎(4)の作曲で、芳村孝次郎がタテ唄を勤めた。

心猿(しんえん)とは、煩悩や妄念、情欲などを制しきれないことの喩えをいう。

山王様の使いの猿に扮した団十郎が
金の大幣(おおぬさ)を持ち、神馬を引いて花道より登場する。
着ぐるみの猿頭(さるがしら)を被っているので、本物の猿かと見紛うと
資料にあるが、初演当時のこの絵を見ると全身着ぐるみで、
顔だけは猿隈を引いた生顔だったことがわかる。

       

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遊女たち

2016-04-28 | 浮世絵
初代歌川豊国(明和6~文政8・1769~1825年)の浮世絵
「品川の宴」(制作年不詳)をもう一枚。

品川宿は東海道の第一宿でもあり、陸路海路の要でもあることから
江戸にあまたある岡場所の中でも、群を抜いて繁昌していたという。

若い男一人に遊女が4人と芸者が一人、太鼓持ちを連れての遊興だ。
州浜では潮干狩りをしている人々が見えるから、春先の昼下がりか。
        
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芸者たち

2016-04-27 | 浮世絵
これは初代歌川豊国(明和6~文政8・1769~1825年)の浮世絵
「品川の宴」(享和元~2・1801~02年作)だ。

海添いの料理茶屋での昼の宴のようだ。
欄干から桜が見えるから花見の宴だろうか。

海には釣船や、荷船が見える。

芸者が三人に三味線が3挺、右の芸者の三味線に合わせて、
二人の芸者が扇を手に何やら遊びに興じている。
高坏のグラスのようなものが見える。
       
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大阪芸大

2016-04-26 | 仕事関係
きょうは大阪芸大の日です。

キャンパスの芝もこんなにきれいに出てきましたよ。
実家の芝を手入れしている私といたしましては、
隣の芝生がとても気になるのですよ。
     
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