西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

大坂芸大

2014-04-30 | 仕事関係
きょうは大坂芸大の日でした。

新しい学生の名前も、ほぼ覚えました。
何でも始めが肝心ですから、学生数の多いクラスは
まずはレベルを揃えることから始めます。
この時点で分からなくなると、もうアウトですからね。

 このすてきな広場の辺りは音楽学部の校舎が並んでいます。
 鉢植えの花も可愛いですね。
 私はいつもここを通って、突き当たりの一階にある教室に入ります。
   
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

稽古娘

2014-04-29 | 浮世絵
これは奥村利信の肉筆浮世絵だ。

利信の生没年は不詳だが、江戸初期(1716~51年頃)に活躍した人らしい。

「江見屋よこ町」という字が見えるので、
よこ町の娘が縁側に腰掛けて、三味線の稽古をしているという図だろう。

稽古本には「松の内」とあり、江戸太夫○○ぶし、と見える。
恐らく江戸太夫河東と書いているのではないかと思う。

河東は江戸半太夫の弟子で、1716(享保元)年に
十寸見河東(ますみかとう)と名乗って独立した。
翌年正月に江戸市村座で河東節樹立の披露曲「松の内」を語ったのだ。

ここに見える稽古本はその時の正本だろう。

長唄なるものが生まれるのはこの14、5年後のことだから、
この時代の町娘はみな浄瑠璃の稽古をしていたのだ。

       
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

振袖新造

2014-04-28 | 浮世絵
これは磯田湖龍斎の浮世絵
「雛形若葉の初模様」だ。
湖龍斎は鈴木春信の後に続く絵師で、1735(享保20)年に生まれた。

四つ目屋の遊女かほるが爪を付けて、箏を弾く準備をしている。
三味線を持っているのは振袖新造のしげのだ。

しげのの弾く三味線は「地歌」とよばれるもので、
長唄以前から検校の音楽として発達してきた室内楽だ。
恐らく上方の芝居歌か何かを弾くのだろう。

振袖新造とは
禿を終えた18歳未満の遊女見習いの女で、姉女郎について廓の手練手管を習う。
振袖を着ているところから振袖新造と呼ばれるが、18を過ぎると振袖から留袖となり、
留袖新造とよばれるようになる。
一本立ちできないまま古株になると番頭新造よばれ、
今度は若い女郎に手練手管を教える立場となる。

後に(宝暦13・1763年頃)扇屋の新造かせんが遊女に見切りをつけ、
花扇という源氏名で芸者家業を始めるのだが、花扇が吉原芸者の第一号となる。

   

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

今藤会

2014-04-27 | 仕事関係
きょうは国立大劇場で
「三世今藤長十郎 生誕百年・今藤会」がありました。

朝10時45分開演、夜9時終演の大きな会でした。
1600人収容ですが、ほぼ満員のお客様でした。
さすがですね。

終盤に
市川染五郎丈が「藤船頌」(とうせんしょう)の鼓で出演なさいました。
染五郎丈は鼓がとてもお好きだそうで、プロ並の腕をお持ちです。

すこしピントがぼけていますが、鼓をもっていらっしゃるのが
染五郎丈です。手前は笛の中川善雄氏。


後からのスナップです。


そのあと、
坂東三津五郎丈の舞踊「角兵衛獅子」と、
松本幸四郎丈の舞踊「月」がありました。
「月」は三世の作曲で、私も大好きな曲です。
幸い家元のワキで弾かせていただきました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下浚い

2014-04-26 | 仕事関係
きょうは「3世今藤長十郎生誕百年」の会の下浚い、二日目でした。

先代長十郎先生の男のお孫さんが3人、「二人椀久」をお弾きになります。
彼らは子供の時から綾子先生にお稽古をしていただいていたのですが、
長じて、みなさん他のお仕事におつきになりました。

この度はおじいちゃまの百年祭、ということで
何かやろうということになったようです。

みなさん三味線から放れているとはいえ昔取った杵柄で、たいしたものです。

彼らがみな三味線をやっていたら、
どんなにか面白いことになっていただろうと、老婆心ながら思ってしまいました。

後姿ですが、
左から仁ちゃん、優ちゃん、家元、壮太郎ちゃんです。
ちなみにその隣は尚之さん、富士田新蔵さん、杵屋巳津也さんです。
後見は郁子さん。
  

コメント
この記事をはてなブックマークに追加