西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

4世杵家弥七 その6

2011-10-31 | 長唄を作った人たち (c) y.saionji
4世杵家弥七 その6


楽譜製作の出資金を得たヨウは、
夫国清と共に長唄の五線譜化を続けるが、
依然として売れない。

それに引き換え、1年程前(1916・大正5年)に発売になった吉住小十郎の研譜は
「早稲田倶楽部」を中心に、研精会会員の支持を得て、
順調に曲数を増やしている。

ヨウは研究のために、その研譜とやらを手に入れた。

形式は違和感のない縦書き。
しかも歌詞は馴染み深い筆文字だ。

ドレミは数字の1・2・3に置き換え、
リズムを現す旗は、縦の棒線に変換されている。
8分音符なら一本線、16分音符なら二本線という具合。

確かにこれなら五線譜が分からなくても、
約束事さえ覚えれば読めるだろう。

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tea break・海中百景
photo by 和尚
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新渡戸稲造 その6

2011-10-30 | 長唄を作った人たち (c) y.saionji
新渡戸稲造 その6


その実現には金がいる。

新渡戸はまず、自身が編集顧問をしている雑誌、『実業之日本』の
実業之日本社社長、増田義一に声をかけた。
増田は新渡戸より7才年下で、10年来の付き合いがある。

そして三菱銀行会長や、三井物産常務取締役、三越呉服店常務取締役、
日本興業銀行総裁の志立鉄次郎氏など、そうそうたる人物に
声をかけた。

まだ財閥解体以前のいい時代で、親分の差配でいかようにも金は動く。

これだけの人を動かした新渡戸も凄いが、
長唄の何たるやも知らず、新渡戸の一声で、金を出した財閥たちも偉い。

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tea break・海中百景
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新渡戸稲造 その5

2011-10-29 | 長唄を作った人たち (c) y.saionji
新渡戸稲造 その5


なぜ新渡戸がヨウをそんなに応援しようと思ったのか。

教育者である新渡戸は、『婦人に勧めて』という著書があるほど、
当時まだまだ差別視されていた女性の教育に情熱を注いでいた。

杉並の善福寺に建設中の、
東京女子大学の初代校長に就任することも決まっている。

女だてらに、“楽譜”という新兵器を持って、
閉塞的な長唄伝授の世界に風穴を開けんと、果敢に挑むヨウ。

西洋音楽一辺倒になろうとしている昨今、
ヨウの楽譜があれば、長唄はかならずや
世界に出て行く音楽になるであろうし、
国内においても教育として、広く一般大衆に普及するであろう、
と新渡戸は思ったのだ。


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今日は母の三回忌法要、
玄関にお迎え花を生けてみました。

 
 
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植木の刈り込み 

2011-10-28 | プライベート
坂出に来ています。

早速、本堂横の植え込みの手入れを開始。

かなりぼうぼうに生えていて、ずっと気になっていたのですが、
夏場は虫がいるので手が付けられませんでした。

こんな野方図の状態でした。



ずいぶんと放っていたので、刈り込みに一日、
刈り取った枝の始末に一日かかりました。

今回は角を立てた長方形の刈り込みにしたのですが、
なかなか難しく、ぴしっとはいきませんでした。
それに、後ろの方の枝は葉っぱのある、
上の方をほとんど切ってしまいましたので
あわれ、枝だらけの丸裸。 


来年の春ころには新芽が出始め、いい感じになるのでしょうが、
それまではちょっと我慢。

刈った葉っぱはゴミ袋15杯もありました!
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新渡戸稲造 その4

2011-10-27 | 長唄を作った人たち (c) y.saionji
新渡戸稲造 その4


「なぜでしょうか、ちっとも売れないし、楽器屋さんを訪ねても、
はなもひっかけてくれません。
資金も尽き果て、食うや食わずの貧乏暮しです」と、あからさまに言うヨウ。

それでも楽譜製作をあきらめず、夢に向かっていくヨウの人柄に、
新渡戸は惹かれた。

新渡戸にとって重要なのは、何をやっているか、よりもどんな人物か、だ。
学問、芸術もまずは人間で、
人間ができていなければそれは虚しい。
人間がりっぱなら、おのずと人は心を揺さぶられるものだと。

「今後、私にできる限りの援助をしましょう、
だからがんばって楽譜の製作をお続けなさい」

昨日初めて会ったばかりの偉い先生からこんな言葉を聞こうとは、
ヨウは思わず身震いした。


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tea break・海中百景
photo by 和尚
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