西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

NHK 録音

2011-02-28 | 仕事関係
今日は寒い一日でしたね。

冷たい雨の降る中、NHKの録音に出かけました。

今藤郁子さんと「勧進帳」を録らせていただきました。

スタジオは一番広い509スタ。
ここは音が伸びるし、幅が出ますので、とてもやりいいのです。

女、3挺3枚、素の演奏ということで、
ちょっと考えて演出をしてみました。

勧進帳はだいたいが男のものですので、
なまじ武張って対抗しても、おかしなものなのです。

はたしてその成果やいかに、ということで
3月15日(火)AM11;OO~NHK FMで放送になります。


録音が終り、帰り支度をすませた所を、
ディレクターさんに撮ってもらいました。
みんな、少々抜け殻状態。
なにしろ、“安宅の関”を越えましたからね!?

左から、岩田喜美子氏、私、今藤郁子・杵屋三澄・杵屋秀子・福田真規氏
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太田蜀山人

2011-02-27 | 長唄を作った人たち (c) y.saionji
太田蜀山人


三津五郎は歌右衛門と違い、容姿端麗。
おまけに声がいい。
芸にも優れ、役者として歌右衛門なんかに負けるはずはない。
何たって、おいら江戸っ子の親分なんだから。
(この時市川団十郎は7代目。まだ16才で、歌舞伎の親玉にはほど遠い)

三津五郎贔屓の太田蜀山人は、
『忠臣蔵』の中止も面白くないが、
醜男の大坂野郎、歌右衛門の上方風の芝居が気に入らない。

蜀山人は、幕府の勘定所に務めるかたわら、
漢詩や洒落本などを著すなど、江戸を代表する文人だ。

しかし、吉原の遊女を身請けして、妾にしたり、
世情を皮肉る狂歌もものす、好色な風流人でもある。

蜀山人がアンチ歌右衛門の旗を振ったものだから、
蜀山人のファンも皆、我先にと右へ倣う。

それからというもの、歌右衛門派と三津五郎派の対立が勃発し、
にわかに葺屋町が沸き始めた。

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tea break・海中百景
photo by 和尚
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3代目中村歌右衛門

2011-02-26 | 長唄を作った人たち (c) y.saionji
3代目中村歌右衛門


「舌出し三番叟」は大坂から来た、中村歌右衛門のお名残狂言だった。

歌右衛門は子供の頃から、浪花の天才少年といわれて育った踊りの名手。

醜男で背が低く、悪声という、最悪のハンディを克服し、
すでに日本中に熱烈なファンがいる。

1808年(文化5)に中村座に呼ばれ、初めての江戸入り。
三都の贔屓から贈られた幟が数千本もたなびく中、
『義経千本桜』で大当たりを取った。

隣の市村座には、江戸一番の人気役者、坂東三津五郎(3代目)が出演している。
三津五郎は所作事の名人で、踊りの巧さには定評がある。

それなのに何としたこと、中村座に客を取られて、
市村座の『忠臣蔵』は7日目に中止、閉場となった。


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tea break・海中百景
photo by 和尚
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豊後路清海太夫

2011-02-25 | 長唄を作った人たち (c) y.saionji
豊後路清海太夫


富本斎宮太夫は、1811年(文化8)に豊後路清海太夫と改名して、
富本から独立。新流派を立ち上げた。

斎宮太夫がデビューした翌年に、師匠の延寿を亡くしているので、
「三重霞嬉敷顔鳥」の評判を延寿は知らないのだが、
家元の豊前太夫は、デビューしたばかりの若造に客が喜ぶのが面白くない。
以来二人の中は、何となくぎくしゃくしていたのだ。

斎宮太夫は商人の息子。
18才で延寿に入門し、24才でデビューしたのだから、
生来の才能があったのだろう。

豊前太夫の管理下で10年ほどを富本で勤め、
自信と経験を得ると同時に、堪忍袋の緒を切った。

豊後路という姓は、
富本のルーツ「宮古路豊後」をひっくり返したようで何とも愉快。
やけくそで付けたようにも思えないか。

そして名は、尊敬する延寿師匠の本名「清水」の文字替えで、清海。
「富本豊前がなんぼのもんじゃ」と、
息巻いている清海太夫が見えるようだ。

彼はこの3年後に、豊後路を清元と改め、
師匠の名延寿をもらい清元延寿太夫と改名するので、
豊後路を名乗っていたのはほんのちょっと。

その間に「舌出し三番叟」(1812・文化9年・中村座)と、
「犬神」(同年・森田座顔見世)が長唄と豊後路の掛合いで残っている。

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tea break・海中百景
photo by 和尚

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長唄協会演奏会

2011-02-24 | 仕事関係
今日は長唄協会の春期演奏会が、
国立劇場大劇場でありました。
午前11時開演で、23番、終演が9時という盛大な催しです。

私は今藤家元の「松の翁」のワキを演らせていただきました。
スタンバイして、出番を待つ間のスナップです。
廻り舞台になっていて、表では「俄獅子」が演奏されています。

左から、今藤政子・郁子・美知・長十郎氏、そして私、長由利です。
後で控えているというのも、結構緊張です。

最後の〆は、協会名物、女流会員160余名による「連獅子」。
私も演らせていただきました。
凄い人数ですが、これがちゃんと揃うのです。
たいしたものです。
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