西園寺由利の長唄って何だ!

長唄を知識として楽しんでもらいたい。
軽いエッセイを綴ります。

娘道成寺―26

2009-03-31 | 曲目 (c)yuri saionji
京鹿子娘道成寺―7


”クドキ”のあとは、
「百千鳥…」の羯鼓の振りを踏襲した踊り。
道化方の役者が知っていたお座敷小歌、
「山伏問答」をアレンジした。

歌詞は”~づくし”という手法で綴られている。
あるものの名前を羅列し、縁語や掛詞を駆使しながら
ことば遊びで、歌詞に意味を持たせるというもの。

ここは”山づくし”で、山の名が並び立てられている。
客は「ふむふむ」と、歌詞のとんちにうなりつつ、
気がつけば、日本の名山を回った気分になる、という仕掛け。


『面白の四季の眺めや
 三国一の富士の山

 雪かと見れば
 花の吹雪か 吉野山

 散りくる散りくる嵐山

 朝日山々を見渡せば
 歌の中山 石山の

 末の松山 何時か大江山

 生野の道の 遠けれど
 恋路に通う 浅間山
 一夜の情け 有馬山

 いなせの言の葉 
 明日香 木曽山 待乳山

 我が三上山 祈り北山 稲荷山

 縁を結びし妹背山
 二人が仲の黄金山

 花咲くえいこの この子の姨捨山

 峰の松風 音羽山
 入相の鐘を筑波山

 東叡山の 月の顔ばせ三笠山』
 
  

 

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娘道成寺―25

2009-03-30 | 曲目 (c)yuri saionji
京鹿子娘道成寺―6

花笠踊りで
富十郎を「よいしょ!」したあとは、かの有名な”クドキ”となるが、
今日の形になるのには、あと数回の再演を要した。

菊之丞の「百千鳥娘道成寺」のクドキの冒頭、
『恋の手習い つい見習いて…』
を踏襲し、歌詞を続けた。

『恋の手習い つい見習いて
 誰に見しょとて 紅鉄漿つきょぞ
 みんな主への心中立て
 おお嬉し おお嬉し

 末はこうじゃにな
 そうなる迄は
 とんと言わずに 済まそぞえと
 誓紙さえ 偽りか
 嘘か誠か どうもならぬほど
 逢いにきた
 
 ふっつり 悋気せまいぞと
 たしなんでみても情けなや
 女子には 何がなる

 殿御殿御の気が知れぬ
 気が知れぬ
 悪性な悪性な 気が知れぬ
 恨み恨みてかこち泣き
 露を含みし桜花
 触わらば落ちん 風情なり』 
 
 
(意訳)
「あなたに好かれたい一心で
 化粧をするの、私
 いつかはきっと女房にと
 誓ってくれたのは、嘘なの

 本当に男は浮気者、
 悔しくて、悔しくて
 泣いてしまうの、私」 

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娘道成寺―24

2009-03-29 | 曲目 (c)yuri saionji
京鹿子娘道成寺―5

そして、調子が再び”三下り”に転調して、
赤い花笠を持っての踊りとなる。
端歌の「わきて節」から引用。
杵屋作十郎の引き出しか。

赤い花笠をかぶり、両の手に同じ花笠を持って登場。
笠を前に振り出すと、あーら不思議、笠が段々と増えて三段笠になった!

『梅とさんさん桜は
 いずれ兄やら 弟やら
 わきて言われぬな
 花の色え

 菖蒲杜若は
 いずれ姉やら 妹やら
 わきて言われぬな
 花の色え』

そして、日本一の女形、富十郎を「よいしょ!」と持ち上げる。

『西も東も みんな見に来た
 花の顔 さよえ
 見れば恋ぞ増すえ さよえ
 可愛らしさの 花娘』          

(意訳)
「西に東に、南に北、
 みんな富様を見に来たよ
 その愛らしさときたら
 一目でぞっこん」

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娘道成寺―23

2009-03-28 | 曲目 (c)yuri saionji
娘道成寺―4


次も同じく”江戸土産”で、各地の有名な遊里を読み込んで鞠唄に仕立てた。

『恋の分け里
 武士も道具を 伏編笠で
 張りと意気地の 吉原

 花の都は 歌でやわらぐ 敷島原に
 勤めする身は 誰と伏見の墨染め

 煩悩菩提の 鐘木町より
 浪速四筋に 通い木辻に
 禿立ちから室の早咲き
 それがほんに色じゃ
 ひいふう みいよう

 夜露雪の日 下の関路も
 共にこの身を 馴染み重ねて
 中は丸山 ただ丸かれと
 思い染めたが 縁じゃえ』

江戸吉原の遊女は、張りと意気地が信条だ。
京の遊里は島原。
『歌で和らぐ…』とは、敷島の大和歌、つまり、「京は和歌でしょ」。

伏見の遊里は鐘木町。
墨染め桜が有名。「坊さんもこっそり来るよ」。
奈良は木辻、長崎は丸山。

つまりおおざっぱに意訳すれば、
「全国いずれの客人も、雨、露、雪、霜をもいとわず
馴染みの里にせっせと通う。どうぞおきばりやす」
となるか。
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娘道成寺―22

2009-03-27 | 曲目 (c)yuri saionji
京鹿子娘道成寺―3

富十郎は深い仲の能役者に「道成寺」の秘伝を習った。
それが”乱拍子”で、これはあまたある演目のなかでも、
「道成寺」にしかない秘伝中の秘伝だ。
中世の白拍子の芸をアレンジして作られたもので、
小鼓のみで奏し、時々笛があしらう。

菊之丞も「傾城道成寺」を演るにあたっては、
宝生某のもとで、乱拍子、急の舞(最も早い舞事)を習った。
そうでなくても「道成寺」は能の秘曲の一つで、許し物だ。

歌舞伎役者が「道成寺」をやるからには、やはり本行の能を知らずにはできない。
そして、噛みくだいて庶民レベルに下りていく。


乱拍子は『暮れそめて鐘や響くらん』のあとに入る。
そして中啓(扇の一種)の舞、『鐘に恨みは数々ござる…』
と続き、今度は烏帽子を脱いでの手踊りとなる。

ここで調子が”三下り”から、転調して”二上り”になる。
二上りは江戸の調子だ。
狂言作者の藤本斗文が”江戸土産”として詞を書き、杵屋弥三郎が補作したのだろう。
弥三郎は喜三郎(7代目)なきあと、息子三郎助の後見人として
杵屋宗家を守る、大番頭だ。


『言わず語らぬ我が心
 乱れし髪の乱るるも
 つれないは只移り気な
 どうでも男は悪性もの

 桜桜と謳われて
 言うて袂の分け二つ
 勤めさえ只うかうかと
 どうでも女子は悪性もの
 都育ちは蓮葉なものじゃえ』

蓮葉者とは、浮気者とか、
商用で来た客をもてなすために雇う夜の女(遊女ではない)
のことで、あまりいい言葉ではない。
大阪生まれの富十郎は、京女に遠慮をしてか、
ここを『浪速育ち…』
と唄わせたのだとか。



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