(仮画像 BY WIKIの)
<概要>
・名称:広州
・位置:華南‥真珠近くの港から左上5、左下1
・歴史:
広東(カントン)とも。北京市、上海市に次ぐ中国第3の大都市。
地勢は北高南低。北は山林が密集し、南は平原が海に面している。
愛称は「羊城」「五羊城」「穂城」。
由来は、貧しかったこの地に五人の仙人が五匹の羊にまたがって現れ、穀物の穂をひとびとに与えて去った伝説より。
(ちなみに仙人&羊は赤、橙、黄、緑、紫の五色。ファンキー。)
石化した羊画像
また「花城」の愛称もあるが、これは四季を通して気候が温暖湿潤で(真冬の日中気温が18 ℃!)つねに花が咲き乱れることに由来している。
この地の歴史は古く、約4000年前(新石器時代)に百越族が集落を形成していたのが確認されている。
その後、紀元前220年、秦の始皇帝がこの地を征服し、「番禺城」を行政拠点として設置。
そして三国時代、呉の孫権が「広州」と名付けたのがその名のはじまり。(そのときの太守は呂岱)
広州は古来より、その地勢的位置から中国の南の玄関(南大門)として貿易の要衝とされてきた。
とくに発展したは唐代で、水陸両面でベトナムへ通ずる道が開かれたことにより、国際貿易港としての地位を確立した。
唐末、黄巣の乱で12万のペルシア人・ユダヤ人が殺され衰微するが、この数字からもいかに多くの外国人商人が広州を訪れていたかわかるだろう。
その後広州は宋の建国により再興し、中国の国際貿易売上の9割を占めるに至る。
ただし「蒼き狼」の時代(南宋〜元期)は、隣の泉州が国都臨安に近い都合上「海のシルクロード」と呼ばれるほどブイブイ言わせており、相当押され気味であった。
特産は砂糖、果実、生糸、穀物、林産物など。またかつては犀角、象牙、翡翠、真珠の集積地であった。
料理やお茶も美味しくて有名である。筆者も行って食った。旨かった。でも暑かった。





























