スポイルのベクトル

 
 某大学教授のピエーロ氏は、人間、底辺から上へ、上へと這い上がって、選ばれた少数の者だけが頂点近くまで上りつめることができるのだ、と言った。対して相棒は、人間、生まれたときはみな同じ高さにいるのに、ある時点から、多くが下へ下へと落ちてゆくので、結果、落ちない者がそのまま上に残るのだ、と言う。
 
 相棒曰く、下へとベクトルの向いた、下へと落ちかかっている人間が元の位置に戻るには、その3倍の力が必要だ。さらに下に落ちようとする力を押しとどめる力が一つ、押しとどめた位置に固定する力が一つ、そこから元の位置に引き上げて戻す力が一つ。
 けれども、一度下へ落ちてしまうと、下に向かって加速度的に力がかかるから、元いた高さに戻るにはそれだけ大きな力が必要となる。単純な力学だが、人間社会の場合、大きな力を発揮できるだけの条件があるなら、そもそもベクトルは下へと向かないわけだから、上へと戻るのは不可能でないにしても、きわめて難しい。

 下へとベクトルの向いた人間は、こうやってスポイルされていく。

 私には、どういうわけか抑圧された子供たちが近寄ってくる傾向がある。まだスポイルされていない、けれどいずれスポイルされることが大いに予想される条件に置かれた子供たち。
 
 坊がまだ保育園の頃、年長にユースケくんという男の子がいた。私が坊を迎えに行くと、いつも坊と一緒に私のところに駆けてきて、坊と一緒に抱っこをせがんだ。
 きらきらした眼で無邪気に笑うと、真っ黒な、ボロボロの歯並みが見えた。彼はいつも財布を持ち歩いていた。その財布には常に千円札が入っていた。そのお金でいつでも自由に自動販売機からコーラを買って飲んでいた。
 そこに、私はいつも彼の親の無知を見ていた。

 To be continued...

 画像は、ギョーマン「スープを飲む子供」。
  アルマン・ギョーマン(Armand Guillaumin, 1841-1927, French)

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