メランコリーの印象

 

 オルガ・ボズナンスカ(Olga Boznańska)は、ポーランド印象派として知られる女流画家。人物画、特に女性や少女を描いた絵が傑出している。

 その画風は、フランス印象派からの影響をはっきりと見て取ることができる。けれども、フランス印象派のような陽光の輝きは感じられない。画面は微光に揺らめくよう。大胆な、軽快な筆捌きによって、色彩は和らげられ、線はぼかされて、人物は背景と混ざり合ってしまっている。そのどちらもが飾り気がなく、殺風景で、わずかに人物の顔と手の肌だけが生身の温かさを感じさせる。
 ボズナンスカは私にとって、印象派なのにメランコリーを感じさせる、珍しい画家。
 
 古都クラクフの生まれ。父親は鉄道機関士だったが、ボズナンスカは地元画家のもとで、姉とともに絵を学ぶようになる。やがてミュンヘンに留学。同地で、同郷の若き男性ポーランド画家たちと切磋琢磨に精進し、アトリエを構える。
 クラクフの美術アカデミーからの教職の招きを蹴って、パリのサロンにデビュー。パリへと移住する。

 パリでは印象派から大いに影響されるが、彼女が最も感銘を受けたのは、色調主義(トーナリズム(Tonalism))の画家として知られる伊達男ホイッスラー。ボズナンスカの絵の、大雑把な輪郭に溶け合う、どことなく暗い銀光の色調は、このトーナリズムのせいかも知れない。
 とにかく、パリを訪れて以来、それまでアカデミックに節度のあったボズナンスカの絵は、色彩優位のものへと変化する。フランスでは、モデルの内面心理を深く洞察するような象徴的なムードを醸す人物画が喝采され、一躍、人気画家に。同様にヨーロッパじゅうで成功する。が、故国ポーランドでは、生前には満足な評価を得られなかった。

 20世紀は、絵画の新しい潮流が次々に登場するモダニズムの時代。ボズナンスカの人気もやがて衰える。
 晩年の十年には、父親の死、婚約の破談、姉の精神疾患と自殺などが続いた上に、1940年にはナチスがポーランドを侵攻。ボズナンスカは追われるように故国を去り、パリのアトリエに隠遁する。そのまま人知れず、貧困のうちに死んだ。

 画像は、ボズナンスカ「ひまわり」。
  オルガ・ボズナンスカ(Olga Boznanska, 1865-1945, Polish)
 他、左から、
  「母性」
  「銀色に輝く少女」
  「少女」 
  「イタリアの少女」
  「ジプシー娘」

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