エゴン・シーレ・アートセンター

 
 チェコにある世界遺産の町チェスキー・クルムロフ。ウィーンの画家エゴン・シーレは、母親の故郷であるこの町を訪れ、アトリエを構えて制作に励んだ時期がある。

 ウィーンに程近いトゥルンに生まれ、ウィーンのアカデミーで学んだが、その保守的な教育方針に馴染むことができずに退学したシーレ。都会に嫌気が差し、チェスキー・クルムロフへとやって来て絵を描く。彼の描いたチェスキー・クルムロフの町は、決して美しくはない、ひなびた感じの何気ない日常の家並。
 が、シーレの絵があまりに卑猥だったため、チェスキー・クルムロフのほうはシーレを受け入れない。彼にとってはここも保守的だった。町から追い出されるようにウィーンに戻ったシーレは、この町を「死の町」と名づけている。

 で、今や世界遺産となったこの町には、シーレゆかりの地として、エゴン・シーレ・アートセンターなんてものがある。

 旧市街の端にある古いビール醸造所だったという建物がそれで、三階の建物が二つ、回廊でつながっている。が、このうちシーレに関するものは半分以下で、これには写真や手紙、シーレの使った家具、デスマスクなどの展示物まで含まれている。
 さて、当の絵はと言えば、ずらりと並んだチェスキー・クルムロフの油彩画らしいキャンバスはみな、一見して印刷物だし、キチンと木額に収められて並んでいる水彩画も、ガラス越しによくよく見ると、これもみな印刷物。

 シーレの絵は、センターの敷地とその付属物すべてを売り払っても、一枚も購入できないらしい。油彩がないのは仕方ないかも知れないが、あのシーレ独特の、伸びやかであけすけな人物画も、一切コピーだったと気づいたときには、かなりがっかりした。
 ホンモノは素描と版画数点。五指で収まる、多分。

「セコいチェコ商法に、まんまと引っかかってしまったねえ」と相棒がボヤく。
 観光客用のミュージアムだな、こりゃ。

 仕方がないからコピーをそれなりに鑑賞したが、身をよじり、もだえるような人物像たちは、見ていて不快になるくらい。陰部をこれでもかと露出した女性像などは、ポルノの商業的なグロテスクさとは異なる、人間の内側と外側を引っくり返したようなあからさまさが持つグロテスクさがある。
 私、女性の性器というのを自分のもよく見たことがないのだけれど、女性器はよく花に喩えられるように思っていたのだが、植物的どころかはるかに動物的だと、今回シーレの絵を見て感じた。

 とにかくウィーンかトゥルンか、そっちのほうに行かないと、シーレの絵をまとめて観ることはできないらしい。

 画像は、シーレ「朝のクルムロフの家並」。
  エゴン・シーレ(Egon Schiele, 1890-1918, Austrian)

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        (Egon Schiele Art Centrum, Cesky Krumlov, Czech Republic)
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