世界をスケッチ旅行してまわりたい絵描きの卵の備忘録と雑記
魔法の絨毯 -美術館めぐりとスケッチ旅行-
チェコ絵本画家の元祖
ミコラーシュ・アレシュ(Mikoláš Aleš)は、チェコで最も人気のある国民的画家なのだという。
ミュシャと同世代のアレシュが、本国でミュシャよりも人気があるのかどうか、私にはちょっと分からない。アレシュの人気はボヘミアを越えるものではないのだが、ボヘミアでは隅々まで広がり、根深く浸透しているらしい。
理由は、アレシュがチェコの歴史や伝統をモティーフに、膨大な挿画を手がけたからだろう。彼はチェコの民話や民謡、歴史上の偉人や宗教上の聖人の物語、季節の風景と風習、諺や格言、詩などなどのために、ペンとインクの素朴な線画で、スラブ民族の生活の情景を豊かに描いた。アレシュが挿画を添えた子供向けの童話本は、チェコのどの家庭にも必ず一冊はあるのだそう。
子供の頃、早世した兄から歴史を教わり、それが生涯の関心となった。母の死後、プラハのアカデミーに入学、チェコを代表する画家ヨゼフ・マーネス(Josef Mánes)の絵に学ぶ。「祖国」と題する作品群でプラハ国民劇場の広間を改装するなど、生前は建築のための作品で成功し、名声を得た。
が、駆け出しの頃は、アトリエも持てないほど逼迫していて、雑誌から教科書から、トランプからカレンダーから、何のためにでも節操なく描いた。その膨大な挿画が評価されたのは、アレシュの死後。
解説にはよく、アレシュは典型的なチェコ人だった、とある。チェコ的な人柄がそのすべての作品に反映され、アレシュは絵画・個性ともに、19世紀チェコ絵画の偶像となって、後代に伝えられた。云々……
こんなふうな感覚を身をもって理解できるほど、私はチェコ文化には通じていない。が、ナチス・ドイツに侵略・解体され、祖国の独特の文化が蹂躙された時代、人々が民衆文化のアイデンティティーを各々の胸に護るのに、どこの家庭にもごく普通にあり、誰もがそれに親しんで育ったという、アレシュの描いた祖国の歴史上の英雄たちが、支えになったのはうなずける。
戦後、ソ連覇権と共産主義の体制のもとでも、アレシュの絵は大いに称賛され、その写実スタイルとも相俟って、プロパガンダ目的で広く利用されたのだという。
……ミュシャの「スラブ叙事詩」が黙殺されたのとは対称的だな。権力的イデオロギーというのは、利用できるものは利用するから、この場合、アレシュの思想云々の問題ではないと思うけど。
画像は、アレシュ「ジャロフ」。
ミコラーシュ・アレシュ(Mikoláš Aleš, 1852-1913, Czech)
他、左から、
「王の戦士の墓前で」
「カルルシュテイン城の鴉」
「我を照らす黄金の太陽」
「一月」
「鷺」
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