赤い衣装の村娘

 

 移動派のメンバーに、アブラム・アルヒーポフ(Abram Arkhipov)という画家がいる。

 マイナーな画家なんだろうか、他の画家ほど、画像や解説がヒットしない。でも私には強烈に印象が残ってるんだ。鮮やかな赤い伝統衣装を着た村の娘さんたちが、日溜まりでキャイキャイお喋りしている絵を眼にしてからは。
 こういう絵に出くわすと、相棒が茶化す。
「何、チマルさんの作るクマって、これがクマになっただけじゃない」
 ……うう、私のテディベアって、ロシアの格好をしてるんだよね。

 移動派と言っても、若い世代に属するアルヒーポフ。彼らは、伝統的なリアリズムから恩恵を受けつつも、印象派やら象徴派やら、当時のモダニズムをどんどん取り入れて、表現の幅を広げていった世代。アルヒーポフもそうだった。

 リャザン地方の辺鄙な農村の、貧しいロシア正教徒の農民の生まれ。それでも両親は惜しみなく財産を掻き集め、彼を美術学校に送ってくれた。
 実り多きモスクワ時代。同窓はネステロフやリャブシキンたち。民衆生活の率直な描写を、敬愛するペロフから学び、陽光あふれる喜びに満ちた表現をポレーノフから学んで、やがて見聞と修行の旅に出る。
 ヴォルガ河畔の村々に滞在しながら村人たちの生活を描くなかで、アルヒーポフは、奔放で大胆な筆遣いで光のリズムをリリカルに描き出す、新しい表現スタイルを身に着けていった。移動派に参加する頃には、それはますます生き生きと闊達になる。

 アルヒーポフの描く主題は、農民たちの生活。ロシアの農村とそこに暮らす農民たちが、彼の霊感の豊かな源泉。

 そりゃあレーピンのような先達はいくらでもいた。が、そんなふうには描かなかった。
 19世紀末の絵は、一種の印象風景だった。労働や談笑、人々が何をしているのかは分かる。それは確かに重要な背景ではある。が、あらゆる枝葉は無視されている。関心はあくまで人々にあり、人々の織り成す情景にある。
 陽光のもと、開かれた大地で、人々は民話や民謡のように、自然に馴染み、溶け込んでいる。

 リャザンやニジニ・ノヴゴロド地方の農婦たちを描いた連作がある。彼女らは刺繍の施されたスカーフを頭に巻き、ビーズのロザリオを首に垂らして、鮮やかな伝統衣装で着飾っている。朗々とした赤やピンク、オレンジ、黄が眼を惹くが、色彩自体は抑えられている。
 描かれた情景に内在する微妙なニュアンスは、決して物語までを想起させず、ただ日々の単純な喜びだけを強調する。これが、アルヒーポフが到達した一つの絵画世界だった。

 画像は、アルヒーポフ「訪問」。
  アブラム・アルヒーポフ(Abram Arkhipov, 1862-1930, Russian)
 他、左から、
  「洗濯女」
  「オカ川のほとり」
  「農村の娘」
  「赤いショールの農婦」
  「日没の冬景色」 
       
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