ロココへの追想、ヴェネツィア風

 

 コンスタンティン・ソモフ(Konstantin Somov)の絵は、男性のヌードがひときわ眼を惹く。しかも色っぽい。逞しい男もなよやかな男も、萎えたペニスをぺろんと垂らして、しどけなく横たわっている。
「ソモフって、ゲイかな」
「ゲイだよ、うん」
 で、確かめてみたら、やっぱり同性愛者だった。

 芸術世界派が耽溺、崇拝した美の世界を最もよく表わしているのは、ソモフの絵のように思う。

 18世紀のギャラント(=雅)なフランス・ロココへの回帰。白い鬘をつけた宮廷衣装の紳士淑女が、緑滴る庭園で演じる情事。謝肉祭や即興喜劇のヴェネツィアンな仮面をつけた貴婦人たちと、彼女らを口説くアルルカン(=道化師)、そして夜空には花火が光跡を引いて、星屑のように消えていく。
 有閑な貴族たちの瀟洒な愛と戯れの日常は、アンティミスム的な親しみと、ワトー的なはかなさ、物悲しさを感じさせる。

 父はエルミタージュ美術館の学芸員も務める美術史家、母は音楽家、家には膨大な絵画コレクションと蔵書、芸術家たちが客人として頻繁に出入りする、という家庭の生まれ。ソモフ自身、早くから絵とピアノと歌を習って育つ。
 少年時代からの友人、アレクサンドル・ブノワとは、アカデミー在学中にも盛んに交流した仲。彼を通じてディアギレフやバクストを知ったソモフは、のちに彼らが結成した「芸術世界」にも加わった。

 アカデミーではレーピンに師事したが、彼の嗜好はリアリズムの理念からはかけ離れていた。彼を魅了したのはロココのモード。ワトーやフラゴナールの優美な絵画、ラモーやグルックの流麗な音楽。
 ソモフの描く、白樺林で愛し合うロシア衣装の男女は、やがて庭園で愛し合う宮廷衣装の男女へと変わっていく。自分のテーマとスタイルを自覚してアカデミーを去り、ブノワらがすでに発っていたパリへと向かった。

 「芸術世界」での活動のなかで、ソモフの描く愛し合う男女は、ヴェネツィアのカーニバルの仮面を着けた貴婦人とアルルカンへと姿を変える。その軽妙な主題に合わせて、ソモフが好んだ質感は、水彩やグワッシュ。
 こうして現われたのは、舞台的な、ちょっぴりおどけた、夢見るようなメランコリー。はしたないラブシーンがあっても、それは人形劇のようで、肉感さがない。

 十月革命後はアメリカに移住したが、たった1年でパリへと舞い戻る。僕の芸術はここじゃまったく余所者だ、と言って。……そりゃそうだ。

 画像は、ソモフ「恋するアルルカン」。
  コンスタンティン・ソモフ(Konstantin Somov, 1869-1939, Russian)
 他、左から、
  「仮面舞踏会」
  「貴婦人とピエロ」
  「青い鳥」
  「公爵夫人の挿画本」
  「うたた寝」
       
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