徒然なるままに~地球クン

私の永遠のグルであるラマナ・マハルシの対話本について自分なりの解釈で語っています。

第1巻 対話202

2017-05-14 21:37:12 | 日記
黙想中に死の恐怖に襲われた質問者がマハルシに指導を求めて、の対話。

マハルシ「死の恐怖は「私」という想念が現れた後にだけ起こります。誰の死を恐れると言うのでしょうか?誰にとっての恐れだと言うのでしょうか?そこには自己と身体の同一化があります。それがあるかぎり恐れもあるでしょう。」

マハルシ「想念が存在するかぎり、忘却もあるでしょう。「私はブラフマンである」という想念があり、続いて忘却が起こります。それから「私」という想念が起こり、同時に死の恐怖も起こります。忘却も想念も「私」という想念にとってのみ起こるのです。それをとらえなさい。そうすれば、それは亡霊のように消え去るでしょう。その後に残るもの、それが真の「私」です。それが真我なのです。」

死の恐怖というのはとてつもなくしかも反射的なもので、逆に言えば真我実現の最大のチャンスかもしれません。



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