徒然なるままに~地球クン

私の永遠のグルであるラマナ・マハルシの対話本について自分なりの解釈で語っています。

第1巻 対話220

2017-06-10 22:45:35 | 日記
黙想は心の制御によってのみ可能であり、心の制御は黙想によってのみ達成される、これでは循環論法ではないか、という質問に対して。

マハルシ「それらは相互依存しており、どちらも同時に進行すべきものです。修練と離欲が徐々にその結実をもたらすでしょう。離欲は心が外側へと向かうのを止めるために修練されます。修練とは心を内側に向け続けるためのものなのです。心の制御と黙想の間には葛藤があります。それは絶えず内面で起こり続けますが、やがて黙想も成功するようになるでしょう。」

マハルシ「修練は必要です。それは気性の荒い牛がさ迷い出ないように、おいしい干し草で誘って家畜小屋に繋ぎ止めるようなものです。」

何事も積み重ねが必要です。
一足飛びにはいきません。

修練を積んでいくにつれ、気づきも多くなっていきます。

何故、真我探求しているのか。
何のために、真我探求しているのか。

真我探求しているのは誰なのか。

真我実現してもすぐに聖人君主になるわけでもなく、行ったり来たりしながら確固たるものになっていくのです。

私もまだまだ道半ばです。




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