徒然なるままに~地球クン

私の永遠のグルであるラマナ・マハルシの対話本について自分なりの解釈で語っています。

第1巻 対話225

2017-06-16 06:20:39 | 日記
マハルシ「シヴァ神(ヒンドゥー教三大神の1人、破壊神)は所有物をすべてヴィシュヌ神()(ヒンドゥー教三大神の中の宇宙の維持を司る神)に捧げると、自分は森林や荒野や墓場をさ迷いながら、食を請うて暮らしたのです。彼の見解からすれば、無所有は所有物が与える幸福よりも高い次元にあるのです。」

高次の幸福とは。

マハルシ「不安から解放されることです。所有物はその安全性や有益性などについての不安を生み出します。無所有がそのような不安をもたらすことはありません。だからこそ、シヴァ神はヴィシュヌ神にすべてを投げ与えて、彼自身は幸せに歩き去って行ったのです。
所有物を払い去ることは最高の幸福なのです。」

今、現代において無所有は生きていく上でなかなか難しいことだと思います。
無所有イコール何も持っていない、ということではなくて所有物、あるいは所有していなくとも物に執着しないことが現代における無所有の感覚に近いのではないでしょうか。

欲しかった物、住みたかった家を手に入れても大して欲しい物ではなかったと気づいてから物に執着することはなくなりました。

手に入れた物もいつかは無くなってしまうのです。



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