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明治4年(1871)と明治24年(1891)神戸居留地を襲った台風による被害

2017年05月20日 04時57分12秒 | 神戸情報
明治4年5月17日 (新暦換算1871年7月4日)に神戸を襲った台風直後の、雑居地海岸通の写真と
明治24年(1891)8月16日の台風による海岸通りの被害状況の写真がジャパンクロニクル紙が
大正7年(1918)に編集発行した「ジュビリーナンバー 1868-1918」に掲載されていました。

この写真を利用して被害状況を記述していきます。

1.明治4年(1871)の台風被害

上の写真が1871年の台風被害状況です。

メリケン波止場付近から西方を望んだもので、右端の、ベランダの破壊された建物は、建築中の
ヒョーゴ・ホテル(1918年時点では米国領事館N.Y.K現在の郵船ビルの場所にあった)で
土台は掘り起こされ、ベランダは破壊された。
メリケン波止場の東側にある小さな税関の監視所は吹き飛ばされた
Hiogoホテルの西側の2軒の家屋のバランダも全壊した。
居留地での浸水は3ft(90cm)、日本人の居住地区では5ft(1.5m)
汽船8隻が陸地に吹き上げられた。居留地から西の海岸は兵庫にかけて被害が大きく
溺死・不明24人 大小船舶の破損も500隻以上


2.明治24年(1891)の台風被害


明治24年(1891)8月16日の台風では暴風雨が最も激しい時に丸太の繋留ロープが切れ
兵庫の丸太が流出、湾を横切って海岸通りの岸壁に激突破壊された場所から海水が居留地に
流れ込んだ。港内の汽船や艀もロープが切れて岸壁にたたきつけられた。

死者3人、家屋流出3戸、倒壊27戸、大破54戸、床上浸水147戸、床下浸水750戸
港湾破損39箇所、船舶流失4隻、船舶破損164隻の被害が出た


上の写真(地図)は明治35年(1902)12月10日 清水吉康 著 川上乾一 発行
田村豊盛堂 出版社の大阪全図の中の付属図で神戸市街地の当時の地図です。

海岸通りの前面に防波堤がすでに建設されています。
この頃になると東の防波堤の建設の効果も相まって護岸壁が波浪により破壊されることは
なくなっている。

参照サイト:六甲山系災害史(兵庫県)

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