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神戸高商(現神戸大)の初代校長水島 銕也先生の銅像と頌徳碑 on 2016-10-27

2016年10月31日 05時31分03秒 | 神戸情報
2016年10月27日、神戸大学六甲1キャンパス出光佐三記念六甲台講堂
の前の植え込みにある神戸高商(現神戸大)の初代校長水島 銕也先生の銅像と
頌徳碑の写真を撮ってきましたので紹介します。




上の2枚の写真が水島銕也先生の銅像です。

水島 銕也先生についてWikipediaの解説より引用させていただきます。
         (一部加筆)

水島 銕也(みずしま てつや、1864年 - 1928年)は、神戸高等商業学校
(神戸大学の前身)の創立者、初代校長。雅号「愛庵」。

豊前国中津藩出身。姫路中(現兵庫県立姫路西高等学校)卒、神戸商業講習所
(現兵庫県立神戸商業高等学校)卒、高等商業学校(後の東京高等商業学校、
現一橋大学)卒。東京高商初代専攻部主事。府立大阪商業学校(現大阪市立大学)
の校長心得も務めた。

横浜正金銀行勤務等を経て、1902年(明治35年)、東京高等商業学校に続く
2番目の官立高等商業学校として、神戸高等商業学校が開学設立された。
初代校長に就任した水島銕也は、実務を重視する観点から商業学校からの
入学を認めるなど独自の入試制度や教育課程を整備し、東京高等商業学校
との違いを際立たせた。
神戸高商の後身たる神戸大学は、この高商設立をもって開学の起点としている。
1903年5月15日に神戸高商の授業開始された日が神戸大学の創立記念日。
現在、生誕地跡である大分県中津市金谷本町(かなやほんまち)に「水島公園」
とし記念碑が建てられている。
また、水島を記念して神戸高商内に設置された銅像は、その後校地移転に
ともない現在の神戸大学六甲台校地に移築され現在に至っている。

神戸高等商業学校が設立された当時は現在の葺合高校の敷地周辺にあったそうです



上の写真は現地説明板


上の写真は水島 銕也先生です。出典:神戸大学100年史 写真集 Page16


上の写真は神戸市葺合町筒井村にあった当時の神戸高等商業学校(神戸高商)の
校舎です田畑に囲まれた高台にあり当時の学生は親しみを込めて筒台と呼んだ
そうです。出典:神戸大学100年史 写真集 Page14より
写真は1910年頃(明治43)だそうです。




上の2枚の写真は水島銕也先生の頌徳碑と現地説明板です。

神戸高商の初代校長として1903年(明治36)から1925年(大正14)まで
22年間在職されました。
徹底した実践主義を貫いた教育であったそうです。
名言として「黄金の奴隷になるな。士魂商才をもって事業を営め」と
説かれたそうです。
出光佐三氏など多くの有為な人材を輩出された希有な校長です。




上の写真は神戸大学六甲1キャンパスの出光佐三記念六甲台講堂です。


出光佐三記念六甲台講堂は国の登録文化財になっています。
第28-0118号 
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