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山本亀太郎君紀功碑  in  諏訪山公園 on 2014-2-20

2014年06月23日 04時49分00秒 | 神戸情報
本日は諏訪山公園にある山本亀太郎君紀功碑を写真紹介します。撮影は2014年2月20日です。

碑のある場所は山本通りから諏訪山公園金星台への昇り口から少し行ったところにあります。

山本亀太郎は神戸商工会議所の3代目の会頭であり、横浜の大谷喜兵衛と並び製茶貿易の世界で
名を馳せた人物である。
下記の文献(出典)から簡単に山本亀太郎を紹介します。
国立国会図書館の 近代デジタルライブラリー - 成功と失敗
タイトル:成功と失敗
著者:宮村無声 編
出版者:又間精華堂
出版年月日:明36.10
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/757458
コマ番号 38-40で全文を見れます。

山本亀太郎は弘化4年(1847)大阪で生まれた。父親は丹波で百姓をしていたが大阪に出てきて
茶商を始めた15歳で父と死に別れ茶商を引き継いだ山本亀太郎はまず宇治山城に行き製茶方法の会得や
お茶の品質評価法などを学んだ。慶応2年(1866)、20歳の頃から製茶貿易に携わることとなった。
慶応4年(1868)神戸で製茶問屋を開業した。
神戸で有志とともに神戸製茶改良会社を立ち上げ副社長となっている。

第2回勧業博覧会(1881(明治14)年3月1日~6月30日 東京上野公園で開催)の評議員
明治16年(1883)全国製茶共進会審査員

神戸株式取引所の設計にも関与
明治17年(1884)茶業組合中央本部の顧問、兵庫県茶業組合頭取、神戸区茶業組合会長
兵庫県茶業組合通常会議長などを兼任
明治19年(1886)神戸貿易会所の解散を受けて貿易為替会社を設立。
明治23年(1890)藍綬褒章
明治24年(1891)日本製茶会社取締役、茶業組合中央会議所相談役、神戸商業会議所会頭
明治32年(1899)米国ワシントンの万国商業大会に参列 大統領や各省大臣に面会

写真の紹介が遅くなりました。




上の2枚の写真が山本亀太郎君紀功碑です。
神戸商業会議所会頭に11年奉職など山本亀太郎の功績を讃える文が書かれています。
明治44年(1911)3月に65歳で亡くなったことも判ります。
明治35年(1902)以降はお茶の産地が静岡に移り神戸港に代わり清水港へのシフトが急激に進んだ
15年後の1917年には神戸港からのお茶の輸出は完全に消滅してしまった。
この動きの影響で山本亀太郎の晩年期は山本商店の倒産、生糸貿易への参入失敗などが重なり
脳出血で世を去った。少し悲しい終末であった。



上の写真は碑の裏側で大正2年12月に建立されました。
碑の建立には小曾根喜一郎、川崎芳太郎、瀧川辨三、武藤山治、鈴木岩次郎、松方幸次郎など錚々たるメンバー
が名を連ねて観世していることが判ります。
山本亀太郎の偉大さを物語るものでもあると思います。


  
神戸向け茶商のはじまり 山城茶業史より
  http://www.yamashiro-kodo.gr.jp/contents/siryou/his_2.html

上記サイトより神戸における製茶貿易に関する記述を引用紹介します。

「茶の貿易商としては、92番ヘリヤ商会、34番モリヤン・ハイマン商会、3番スミス・ベーカー商会などとよんだ。
そして、この外国商館への売込み問屋としては、神戸には山本亀太郎・西口清助・鷲尾磯七・園部住蔵などの
各店があった。上狛の茶商は、この売込み問屋へ主として茶を納めたのである。」


山本亀太郎の功績として明治20年(1887)の神戸銀行の設立も忘れてはならない事項である。
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