雪害の記録 2006 Apocalypse

君死にたもうことなかれ

(新潟)山古志の雪の多さもふるさとの一部として

2005年12月21日 | 雪対策(技術開発・利雪・克雪)
新潟県長岡市の旧山古志村・種苧原(たねすはら)地区では「雪下ろし」と呼ばずに「雪掘り」と呼ぶ。雪に埋もれた住まいを掘り出すような雪深い地で、同地区過去20年間の最深積雪量の平均は308センチ。19年ぶりに400センチの積雪量を記録した昨(04)年度に続き、今年の冬は始まったばかりというのに20日現在で既に200センチを超えている。その種苧原に会社のほかに、同地区の建て直しに汗を流しているのが草間幸満さん。20年ほど前から20─30代の若者30人ほどと「村おこし」事業を始め、同地区の夏祭りなどのイベントを支えてきた。

 草間さんは種苧原地区に地元従業員10人ほどを雇用し、モチなどの食料品を扱った工場などを経営していたが、1年ほど前の新潟中越地震で、長野市内に工場を移すことを余儀なくされた。現在も以前と同じように、種苧原地区のもち米や山菜を買い取り、県内外に販売している。05年度から山古志地区で米作りを再開した農家もあるものの、収穫量は同地震前の半分にも満たないため、草間さんは「山古志ブランド」を今ひとつ押し出すことができない。同地域復興の進み具合を考慮すると、種苧原地区での工場再開は07年になるという。

 旧山古志村住民の協力を得て集めた柴などで作った高さ約25メートル、直径10メートルの塞(さい)の神を祭る「古志の火祭り」も約10年前から草間さんらのグループが種苧原で始めた3月に行われる村おこしのひとつだ。毎日どんよりした雲に覆われ気が重くなりそうな長い冬に、春の訪れを待つ何か活気のあるイベントを催したいという若い世代の気持ちが、春まだ浅い季節のイベントとして作り上げた。旧山古志村名物の闘牛らを、雪の上で戦わせる「雪上闘牛」の開催を始めたのもその一環だ。夏祭りでは闘牛のほかに、同地区ならではの奉納相撲や花火大会なども被災前まで行われていた。

 草間さんに山古志地区の良さを聞いてみたが「雪掘り」の大変さや長い冬の退屈さなどを話すだけで答えてくれない。2年目の冬を仮設住宅で迎える旧山古志村住民のなかには、除雪作業を含めた厳しい山古志の冬をあえてまた耐える必要はないと考え、山古志地区に帰らない人も少ないともいう。ひとつだけうれしそうに草間さんが語ってくれたことは「何十年ここに住んでいるけど、残雪の中から現れるブナの新緑の美しさだけは、例えようがありません」という言葉だった。

 本当に好きなことや大切にしていることは、時に言葉で表すことができない。また、そのようなときに口にすることをはばかる人もいる。ひとつだけ確かなことは、山古志が草間さんのふるさとであり、好き嫌いを超えたところで結ばれていることだ。

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