米倉けいこ ひまわり先生のちいさな玉手箱

ひまわり先生 米倉けいこ

「ちいさな玉手箱」

【人間の精神は 成長し続ける】ジェーン・フォンダさん

2017年01月16日 | こころ
【人間の精神は 成長し続ける】

昨日は、母の命日。感傷に浸りつつ 考えていました。

父は、体調が悪くなって外出がままならなくなった時、日に2回、私と電話で話をするのが日課になりました。

父は、私から尋ねられて若い頃、働き始めた頃の話や母と結婚したいきさや仕事にかけた想いなど
繰り返し語ってくれました。

亡くなる少し前に
「私の人生は、これで良かったのかなあって思う」
と、ポロっと言ったのです。

私は、老年期になって自分のことについて語ることの大切さ、聴き手の存在の大切さを実感した瞬間でした。

急死した母は、自分の人生について どう思っていたんだろう…。聴いておきたかった、残念…。

でも、私から見ると、悔いのなさそうな生き方だったな。

私も 父の様に「私の人生はこれで良かった」と振り返ることが出来るようになりたいと思う。

TEDで、女優 ジェーン・フォンダさんが
「人生の第三幕」Life's third act
というタイトルで語っています。

こんな内容です。

***
・平均寿命は 3世代前より 34年も長くなった
 →私たちの文化は この変化にあまり上手く対応できていない

・人生の第三幕は 中年期とは異なる 発展期である

・年を取ることは 階段を上るようなものだと考えるのが ふさわしい
 →精神的な成長が 知性や全体性 信頼性に つながる
 → 50歳を超えるとより幸せになるという調査結果もある

・人間の精神は 階段を上るように 上に向かって発展し 全体性 信頼性 そして知性へと 我々を導きます
***

身体は 衰えても 精神は 成長を続けていくのは、事実。

ジェーン・フォンダさんは、50歳を過ぎると ストレスも少なくなり より幸せだと言う。

これは、発達課題を提唱したエリクソンの考え方でいう、
老年期の発達課題である「統合」により
「英知」を獲得していってるんだなあ〜ジェーン・フォンダさん。

ジェーン・フォンダさんみたいになるためには、
これまでの人生でやり残したことについての感情処理が大切。

介護施設で、様々な認知症患者さんを看ていらっしゃる精神科医の先生も感情処理が大事だと話されます。

同じ人生なら、

自分を喜ばせる

自分を大切にする

自分を幸せにする人生にしよう。




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

【少数派で何が悪い!】

2017年01月12日 | メッセージ
【少数派で何が悪い!】

発達障害という言葉は、好きじゃない。

多数派でないと、障害と呼ばれるなんて、ひどい。

ただでも少数派は、生きづらいのに。

多数派でないもの、自分が理解できないものを排除しようとする人間のサガ。

オトナになるというのは、少数派を認めること

自分が理解できないものを理解するということなのかも。

多数派、少数派…

色んな人間がいて、その凸凹がお互いを補い合う。

この世の中には、多数派だけでなく、少数派も必要。


「発達障害の僕が直面した現実」

以前もこのBlogで触れたモデルの栗原類さんが語る「発達障害の僕が直面した現実」

「発達障害」と公表している栗原類さん

8歳の時、当時在住していたNYで、「発達障害」と認定された栗原類さんは、

小学1年での留年、日本の中学時代の不登校、高校受験の失敗など紆余曲折を経ながら、

なぜ芸能界という自分の才能を生かす場所を見つけて輝けるようになったのかをまとめた、著書『発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由』を発表した。

同じ障害がありながら、いつも栗原さんを信じて導いた母。

アメリカの「発達障害」に対するおおらかな環境と、学んだ英語が自信になったこと、されて嫌なことを人にはしないと決めた、人として愛される生き方など。

ADDの特徴である衝動性を抑え、苦手なコミュ力を克服し歩んできた今までを語っている。

■脳のクセを知り訓練すれば、人は変われる

 ADHD(注意欠陥・多動性障害)/ADD(注意欠陥障害)は脳にクセがあり、その独特のクセが日常の困難を引き起こしています。

まずは自分の弱点を知ることが克服への第一歩となります。

自分にとって何が苦痛なのか、何が苦手だと感じるのか、そして、家族や周囲の人は自分が引き起こす何で頭を抱えているのか、困っているのか、それを見極めることが重要です。

 僕の場合は、手先が不器用である、注意力散漫、集中力が低い、記憶力に問題があるなどですが、

それらの弱点に関して、小学校低学年の時点で問題点を分析してもらえたので、何かを忘れたり、できないことがあっても、覚える訓練を始めることができました。

 しかし、訓練をしたからといってすぐにできるようになるとは限りません。実際、今でも克服できていないものがたくさんあります。

8歳から発達障害と向き合ってきていますが、14年頑張ってもできないことはいまだに多いです。

物事に長期的に集中することは簡単にはできないですし、同じミスを何度も繰り返します。

だけど14年前、5年前、2年前、それぞれを振り返ってみると、
その当時できなかったことで、今できていることはたくさんありますし、この先もきっと少しずつ変わっていくだろうと思うのです。


 周囲に迷惑をかけず、嫌な思いもさせずにわかってもらえればそれに越したことはないのですが、現実には無理だろうと思います。

そもそも僕自身は、疲れていても頑張らなきゃいけないと思って毎日を過ごしているので、

忙しくなって、頑張れば頑張るほど、その瞬間は「これ以上は無理だ」という客観的な判断ができません。

そもそも疲れたときは、判断力がかなり落ちてしまいます。

ゆえに、他人に迷惑をかけたくないと思っていても、自分が気づかないうちに迷惑をかける引き金を引いてしまうこともあります。

 だからこそ、自分で管理していくことを無理に進めるのではなく、できるだけ頑張りつつ、家族やマネージャーなど周囲の身近な人につねにモニタリングしてもらっています。

周囲の人にきっちりチェックしてもらうことで、一定のパフォーマンスは保てるし、自分の力を最大限に発揮できる環境が整います。

その環境がなければ、どんなに頑張ろうという気持ちがあっても、結果は出せないのです。


■他人の立場に立つのは難しい。だから…

 発達障害の症状のひとつとして、「空気が読めない」ことがよく例に出されます。

空気を読めないとは、他人が何を考えているのか推測できないことです。

実際、他人の気持ちを推し量る能力が著しく低いし、それが人間関係における大きな壁となることも多いです。

 しかし、社会で生き仕事をしていくうえで、人間関係は避けて通ることはできません。それでは、人間関係を円滑にしていくにはどうすればいいのか。

他人の気持ちを推し量る能力が低いので、スキルを上げる努力は頑張ってもたかが知れている。

それよりも「自分がやられたら嫌なことは、他人には絶対にしない」という基本的なことを小さい頃から考えてきました。

 本当の意味で人間は、完全には他人の立場になんて立てないと思います。

日本の小学校の道徳的価値観では、よく「他人の立場になって考えなさい」といわれますが、それは発達障害じゃなくても難しいですし、本当の意味では、その人の立場はその人じゃなきゃわからない。

 だからこそ、自分がやられたら嫌なことは他人にはしない。

もう一歩進んで、自分がしてもらってうれしかったことは、誰かにしてあげられるようになりたいと努力をする。

さらに一歩進んで、自分は嫌だと思わないけど、他の人はされたら嫌なのかもしれないという発想力を持つことが大切だと考えています。

この3つは、小さい頃から母に言われてきたことでいつも心掛けています。とはいえ、3つとも成立させるのはなかなか難しいことですが…。

 僕は人の表情から感情を読み取ることが苦手ですが、それはやはり、僕自身が他人を観察する力と、他人に対する興味が弱かったからだと思います。

他人の心の動きや、言葉の端々に表れる感情の変化、そういう日常の中で無限に発生する場面のほとんどを、僕は理解していなかったのです。


ドラマ、映画で「表情を読み取る」練習をする

 舞台も含めてたくさんのお仕事に多大な時間を費やして取り組んでも、お芝居はなかなかうまくならないし、

どう演じていいのかがわからないまま時間が過ぎ、どうすれば上達するのか試行錯誤しながらたどり着いたのは「読解力」というキーワードでした。

 少しでもたくさんの本を読んで、その情景を思い浮かべたり、そのキャラクターの心情を思い浮かべる。

それらを繰り返すことは役者として避けて通れないトレーニングだと思いました。

 この「読解力」というのは本だけでなく、映画やTVドラマにもあてはまります。

観ている映画の中で俳優の表情の微細な変化、それが何を伝えようとしているのかを読み取る読解力。

俳優が発する台詞一つひとつ、声のトーンの微細な変化は何を表現しようとしているのか、不安なのか怒りなのか、そういった細部に至る表現を読み取る力も読解力です。

おそらく、小さい頃から母にそういう部分は指摘されてきたとは思うのですが、それが実際に僕の頭で理解できるようになったのはここ最近な気がします。

■芝居の勉強が、自分を助けてくれる

 小さい頃にこれに気付いていれば、もっと生きやすかったかもしれないと思います。

人と接する中で、日々直面する他者とのコミュニケーション。

相手の眼球が動いているのはなぜか、急に微妙に早口になったり、声が少しだけ大きくなったり、うわずったりする。

他人が示している些細な不快感や居心地の悪さをその場でくみ取れれば、それ以上の溝ができないで済むのに、

それがわからないからそのまま放置してしまったり、無神経なことを言ってしまったという場面は、僕が気付いていなかっただけでたくさんあったと容易に推測できます。

 そしてそれらの表情の変化を知る、理解するには、お芝居の勉強はとても有効だと感じるのです。

こうした読解力の訓練も、お芝居の仕事だけでなく、日々直面する他者とのコミュニケーションの訓練に役立ち、僕が社会で生きていくための力のベースになってくれていると思います。

少しずつですが、長い目であきらめず続けていこうと思います。

参考 東洋経済オンライン
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

我慢大敵

2017年01月09日 | メッセージ
我慢が美徳

学生時代の部活での水飲みを我慢

友だちから嫌なこと言われても我慢

武士は食わねど高楊枝


古い、古い!

もう、我慢し過ぎるのは、止めましょう。

我慢は、ほどほどに…。

人に譲り、自分は後回し

人のため、自分を大事にしない

本当にしたいことは、しない

人に評価されること、人が喜んでくれることをする

自分が喜ぶことは、しない


あーもったいない。

私たちは、幸せになるために生まれて来ました。

自分の喜ぶことをしましょう。

人に配慮しなくなる訳では、決してありません。
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

幸せに生きよう

2017年01月08日 | メッセージ
私たちにもれなく必ず訪れる死

その時にどれだけ穏やかな死を迎えられるか

それには、生きている間に自分と向き合い、悔いのない人生を生きたかが大事です。


看護師さんが終末期の患者さんから聴いた
「死ぬ前に語られる後悔」
という本があります。

人生最後の時を過ごす患者さんたちの緩和ケアをした
オーストラリアの Bronnie Ware さんによると、
死の間際に人間はしっかり人生を振り返るそうです。

また、患者たちが語る後悔には
同じものがとても多いということです。

特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で
多かったトップ5をご紹介します。
 
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、
「自分らしく生きれば良かった」という後悔。
これが一番多いそうです。

人生の終わりに、達成できなかった夢が
沢山あったことに患者たちは気づくのだそうです。

ああしておけばよかった、
という気持ちを抱えたまま世を去らなければならないことに、
人は強く無念を感じるのでしょう…。
 
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
と、男性の多くがこの後悔をするらしいです。
仕事に時間を費やしすぎず、
もっと家族と一緒に過ごせば良かった、
と思うのです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、
可もなく不可もない存在で終わってしまった、
という無念が最後に訪れるそうです。
 
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、
人は友人の本当のありがたさに気がつくのだそうです。
そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に想いを馳せるそうです。

もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、
という後悔を覚えるようです。
 
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人がとても多いそうです。
旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と思ってしまったこと。変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に気づき、
悔いを抱えたまま世を去っていく人が多いようです。

悔いのない人生にしたいですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

沢山の小さな事柄が合わさって

2017年01月04日 | メッセージ
昨年は、心理を勉強している仲間の中で、放送大学を学ぶ人が増えました。

さて 今年は、どんなことに挑戦しましょうか?

この一年も また 楽しみです。

一連の小さな事柄が合わさって初めて、偉大な業績となります。

私のカウンセリングの先生方は、常にコツコツ
本や論文を書かれたり、心理にまつわる色んな分野の勉強を続けられています。

先生方を見習って、私も 今年は 研究をコツコツする予定です。

「ひまわり」で有名なオランダの画家ゴッホは、幾つかの仕事が上手くいかず、苦しい放浪をした時を振り返って

「しかしまさにこの貧窮の中で、僕は力が戻ってくるのを感じ、

ここから立ち直るのだ、くじけて置いていた鉛筆をとり直し、

絵に戻るのだと自分に言い聞かせた。」

と、書いています。

また、こんな言葉を残しています。

***
偉業を成すためには、小さな努力の積み重ねが必要だ。

フィンセント・ファン・ゴッホ


“Great things are done by a series of small things brought together.”

ー Vincent Van Gogh
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

誰かが、何かが あなたを待っている

2017年01月04日 | メッセージ
うみちゃん
フランスのTさん
n-skyさん
コメントありがとうございます。

「人生とは、あなたが出会う人々であり、
その人たちとあなたが作るもの。」

ですね。

年末年始フランクルの本を読んでいました。

「誰か」があなたを待っている。「何か」があなたを待っている。

このことに気づいたとき、人は今がどんなに辛くても「もう少し生きてみよう」と思い始める。

と、いう話。


2人の人間が「もう死んでしまいたい」フランクルの下に相談に来た時の話です。

2人は、フランクルと話した後に自殺を思い留まったそうです。

***
しかし、1人には外国で父親の帰りを待つ、
目に入れても痛くないほどの愛している子供がいた。

もう1人を待っていたのは、人ではなく仕事だった。

彼は研究者で、あるテーマの本を数巻上梓していたが、
まだ完結していなかった。

この仕事が彼を待ちわびていたのだ。

彼はこの仕事にとって誰にも変えがたい存在だった。

先の1人が子供の愛にとってかけがえのないなと同じように、彼もまたかけがえがなかった。

「夜と霧」より引用

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あなたの人生

2017年01月02日 | メッセージ
THIS IS YOUR LIFE.

皆さん、どんなお正月をお過ごしですか?

新年にあたり、あなたの人生に送る言葉。

「THIS IS YOUR LIFE. 」は、エコデザインベンチャー企業 Holstee 社のマニフェスト。

ぴったりくる日本語訳を 見つけたのでシェアします。これはあなたの人生です。

自分の好きなことをやりなさい。

そして、どんどんやりなさい。

何か気に入らないことがあれば、それを変えなさい。

今の仕事が気に入らなければ、やめなさい。

時間が足りないのなら、テレビを見るのをやめなさい。

人生をかけて愛する人を探してるなら、それもやめなさい。

その人は、あなたが好きなことを始めたときにあらわれます。

考えすぎるのをやめなさい、人生はシンプルです。

すべての感情は美しい。

食事を、ひと口ひと口味わいなさい。

新しいことや人々との出会いに、心を、腕を、
そしてハートを開きなさい。

私たちは、お互いの違いで結びついているのです。

自分のまわりの人々に、何に情熱を傾けているのか聞きなさい、
そして、その人たちにあなた自身の夢も語りなさい。

たくさん旅をしなさい。

道に迷うことで、新しい自分を発見するでしょう。

ときにチャンスは一度しか訪れません。

しっかりつかみなさい。

人生とは、あなたが出会う人々であり、
その人たちとあなたが作るもの。

だから、待っていないで作りはじめなさい。

人生は短い。

情熱を身にまとい、自分の夢を生きよう。


***
原文 THIS IS YOUR LIFE.

“ THIS IS YOUR LIFE.
DO WHAT YOU LOVE, AND DO IT OFTEN.
IF YOU DON’T LIKE SOMETHING, CHANGE IT.
IF YOU DON’T LIKE YOUR JOB, QUIT.
IF YOU DON’T HAVE ENOUGH TIME, STOP WATCHING TV.
IF YOU ARE LOOKING FOR THE LOVE OF YOUR LIFE, STOP;
THEY WILL BE WAITING FOR YOU WHEN YOU START DOING THINGS YOU LOVE.
STOP OVER ANALYZING, LIFE IS SIMPLE.
ALL EMOTIONS ARE BEAUTIFUL.
WHEN YOU EAT, APPRECIATE EVERY LAST BITE.
OPEN YOUR MIND, ARMS, AND HEART TO NEW THINGS AND PEOPLE,
WE ARE UNITED IN OUR DIFFERENCES.
ASK THE NEXT PERSON YOU SEE WHAT THEIR PASSION IS,
AND SHARE YOUR INSPIRING DREAM WITH THEM.
TRAVEL OFTEN: GETTING LOST WILL HELP YOU FIND YOURSELF.
SOME OPPORTUNITIES ONLY COME ONCE, SEIZE THEM.
LIFE IS ABOUT THE PEOPLE YOU MEET,
AND THE THINGS YOU CREATE WITH THEM
SO GO OUT AND START CREATING.
LIFE IS SHORT.
LIVE YOUR DREAM, AND WEAR YOUR PASSION.”
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

2017年 あけましておめでとうございます

2017年01月01日 | こころ
2017年あけましておめでとうございます。

まだまだ成長中の私ですが、

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

n-skyさん、コメントありがとうございます。

昨年暮れに書いた「知らんがな」とは、

・人に気を使い過ぎない

・自分を犠牲にしない

・人を優先し過ぎない

・我慢し過ぎない

・抱え込み過ぎない

・お世話役になってばかりいない

などという意味です。

これらが過ぎると…

人は苦しくなるか

苦しさを感じにくい人は

その苦しさを病気として表現することもあります。


さて、皆さん 昨年2016年は、どんな一年でしたか?

今年2017年は、どんな一年にしたいですか?

私は、個人的には 被害者的な考え方から、脱出してしまいたいと考えています。

私たちは、ついつい

「あの人が、もう少し優しくしてくれれば…」

「私の親が、もう少し理解してくれれば…」

「私の夫が…」

「私の子どもが…」

などと、相手が変わることを期待し、

自分は、被害者でいることがあります。

被害者でいる間は、

人は、自分の考え方、感じ方、反応の仕方について
改善しようとは なかなかしません。

無意識に自分に向き合うことを避けようとしてしまうからかもしれません。

オーストリアの精神神経科医、心理療法家のビクトール・フランクルの著書「夜と霧」より
抜粋します。

フランクルは、第二次大戦時に ナチスの捕虜となり
家族も失くしながらも

強制収容所における人間観察を続け

生きることに絶望した人が、

自らの「生きる意味」を発見することについて

書いたことで世界的にたいへん有名です。

***
つまり人間は一人一人、

このような状況にあってもなお、

収容所に入れられた自分がどのような精神的存在になるかについて、

何らかの決断を下せるのだ。

典型的な「非収容者」になるか、

あるいは収容所においてもなお 人間として踏みとどまり、

己の尊厳を守る人間になるかは、

自分自身が決めることなのだ。

「夜と霧」ビクトール・フランクル著より
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

「知らんがな」と言えたら…

2016年12月30日 | カウンセリング
「知らんがな」

と、言えない人が多い。

言えないから、自分が我慢する。

我慢を続けると、自分の人生でなくなる。

「知らんがな」って、言えたらどんなに楽だろう…。


オーストラリアでは、「ありがとう」のお返しに
「ノー ウォーリーズ」と返って来ます。

「どういたしまして」って、「ユーアーウェルカム」って言わないんだ。

この「No worries」という表現、日本人にはピンと来ない表現だと思います。

オーストラリアでは国の標語としても採用されているようで、
「心配すること無いさ」というオージーらしい楽観主義な部分を象徴しているようです。

心配することないさ…何だか いいですね。


さて、私たちは、子どもの頃に親に愛されたいし、安全であることを願います。

だから、環境である親の顔色を見る。

親が不機嫌

親がかわいそう

親が怒る

親が喜ぶ

小さい子どもは、親の表情を見て、自分がどう振る舞うかを直感で決めます。

「パパが不機嫌なのは、私のせい。だから、私がパパを喜ばせないと。」

「ママがかわいそう。だから、私が迷惑かけないようにしないと。」

感じた感情から考えるので、
その決断は、客観的ではないし、合理的ではない。

にもかかわらず、そのやり方は、大人になっても続く。

ほとんど 無意識に。

小さい自分の決めたけなげなやり方に気づいたら、
自分の心の声に耳を傾けて。

私は、本当はどうしたいのか…

アメリカの番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』の司会者で、
最も裕福なアフリカ系アメリカ人で
「世界で最も有力な女性」と称されるオプラ・ゲイル・ウィンフリーさんの名言を紹介します。

彼女は、虐待を受けて育ったことを公表し、慈善事業に積極的なことでも有名です。

***

あなたが与えることができる、または受け取ることができるギフトの中で、
心の声に従うこと以上のものはありません。

それがあなたがこの世に生まれた理由です。

そして、それがあなたがあなたらしく生きるための方法です。


There is no greater gift you can give or receive than to honor your calling.
It’s why you were born. And how you become
most truly alive.”

– Oprah Winfrey
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

メリークリスマス!

2016年12月25日 | こころ
何が大切か…

目に見えるもの、見えないもの。

あの星の王子様が出版される前に

「目に見えないものが大切だ」と、

新聞の社説に書いた人がいます。


「サンタクロースっているんでしょうか?」


編集者さま: 私は8歳です。

私の何人かの友だちはサンタクロースはいないと言います。

パパは「サン新聞が言うことならそのとおりだ」と言います。

どうか私に本当のことを教えてください; サンタクロースはいるのでしょうか?


ヴァージジニア・オハンロン
 


同名のタイトルの新聞の有名な社説が載っています。

当時8歳のヴァージニア・オハンロンが
ニューヨーク・サン編集部に

「サンタクロースはいるのですか」

という内容の手紙を送りました。


ヴァージニアの友だちは、サンタクロースはいないと言うので
父親に尋ねたそうです。

父親は新聞社に手紙を出したらと勧めて書かれた手紙に答えて書かれたそうです。

当時、ニューヨーク・サンの論説委員であったフランシス・チャーチは、

上司から、この質問についての社説を書くように頼まれ、

初めは当惑しながらも1日で手紙についての社説を書き上げました。

「Is there a Santa Claus?」

という題名で、投書してくれたことに対するお礼と

ヴァージニア・オハンロンからの手紙の内容を載せた後に、

「VIRGINIA, your little friends are wrong.
(ヴァージニア、あなたの友達は間違っています)」
の書き出しで始まります。


「Yes, Virginia, there is a Santa Claus.
(そうです、ヴァージニア、サンタクロースはいるのです)」
と。

そして、サンタクロースがいないことは、ヴァージニアがいないことと同じくらい寂しいことだと。

目に見えるものしか信じない悲しさと、
目に見えないものの確かさ、
不変さ、そしてそれを信じることの素晴らしさを説いています。

サンタクロースの存在を支持するこの社説は

新聞のトップ記事に載り、大きな反響を呼び

毎年この社説を1949年まで毎年
クリスマスがくる度に掲載しました。

その後、この話は社説が掲載されてから
100年以上を経た今でも、
クリスマスが近づくと世界中で語り継がれるものとなっています。

絵本にもなって日本語にも訳されています。

「サンタクロースっているんでしょうか?」

ニューヨーク・サン新聞「社説」,東 逸子,中村 妙子訳

偕成社 より抜粋 840円
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

火曜日は、ハグの日

2016年12月21日 | こころの子育て
うみちゃん、コメントありがとうございます。

火曜日は、ハグの日。流行りのドラマの最終回。

最終回では、とうとうアラフィフのゆりちゃんもイケメン歳下の風見さんとハグ♡

いいですね〜。スキンシップのない夫婦、恋人、親子も火曜日をハグの日にしてはどうでしょうか?
拙著「ひまわり先生の幸せの貯金箱〜こどもたち生まれてきてくれてありがとう〜」には
「抱っこぎゅーは、心の栄養剤」と書かせていただきました。
抱擁ホルモン、オキシトシンが分泌されて、安心、幸せを感じることでしょう。さて、戦前の日本では、べったり育児だったと聞いたことありますか?

日本の子どもたちは、色とりどりの着物を着せてもらい、
竹や木で作ったおもちゃを与えられ、
目の輝きが眩しいまるでエミールで描いた理想の子どもたちだと…。

なぜ眩しいかというと、当時のヨーロッパでは、
アルプスの少女ハイジのクララの様に
子どもを早くから寄宿舎に入れたりして
紳士淑女として育て
ハイジの様に子どもらしく出来ることが稀だったために
日本の子育て、日本の子どもたちは、素晴らしいと絶賛されたらしいんです。

***
「社会契約論」で有名なフランスの哲学者 ルソーは
人間の本性を、自由意思を持つものとして考え始める。

自然状態では各個人は独立した存在として自己の欲求を充足させるために行動し、
生存の障害が発生すればその解決のために各個人同士で協力関係を求める。

こうして生じる個々人の約束は社会契約の概念として把握される。

社会契約の枠組みに従って国家が正当化されるためには、
人間の自由な意思が社会契約の中で保障されていなければならず、
本書では個人のための国家の在り方を論じている。
Wikiより抜粋

このルソーは著書「エミール」で理想の子どもの姿を描きました。

江戸時代に その理想の子どもを日本で見たという外国人が居たそうです。

江戸時代の日本を訪れた外国人の手記を集めた本に
当時をスケッチした色鮮やかな挿絵付きで載っている。

当時の日本の育児は、べったり育児と書かれている。

渡辺 京二著
逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

…以下の様な記述です。

日本の子どもたちは、色とりどりの着物を着せてもらい、
竹や木で作ったおもちゃを与えられ、
目の輝きが眩しいまるでエミールで描いた理想の子どもたちだと…。
「エミール」
エミールの物語を通し、当時のフランス特権階級の教育のゆがみと、児童の本性を尊重して自由で自然な成長を促すことが教育の根本であることを説いている。

『エミール』は、その個性尊重・自由主義的な教育観と共に、ペスタロッチやカントらをはじめとして、近代の教育学・教育論に大きな影響を与えることになった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

LOVE is doing small things with great LOVE

2016年12月17日 | メッセージ
福岡市市立千代保育所にお邪魔しました。今日は、保育所で講演前に
子どもたちを沢山抱っこさせてもらいました。

絵本をたくさん読みました。

幸せ。

人に親切にすると、その人の中にオキシトシンが染み渡る。

愛とは、小さな愛。

私は子どもたちから、もらう幸せ。

こちらから与えるつもりが、与えてもらってる。

与えることも幸せ。

抱っこする

大好きという

背中を摩る

ねぎらう

微笑む

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

学校と家庭の連携の必要性

2016年12月10日 | こころの子育て

学校に「いじめられている」と相談していた

新潟で自殺した高校生の遺族が遺書を公開しました。

この高校一年生の男の子は、学校に「いじめられている」と相談していたことが分かり、
親は、先生から知らせてもらえたら、こんなことにはならなかったと遺書を公開に踏み切ったそうです。

現代は、先生と保護者に距離があるのかな…

仲良くしたいな、子どものために。

親と先生は、決して敵になってはいけない…

子どもの命を守るために、学校と家庭の連携の必要性を痛感します。

また、言葉によるいじめならば、
言葉を聞いていた傍観者たちが複数で
いじめられている側の味方についてあげられていたら…

せめて、誰か一人でも、誰かに相談してくれていれば…

明日は我が身、なのか?

子どもたちは、安全じゃないんだろう…


最近、発表された 15年度のいじめ認知件数は、過去最多の約22万件で、都道府県や学校間で認知に大きな差が出ています。

1.000人中3件しか認知されていない県もあり、この数字は、実際のいじめの数より少ないのではないかという意見が多数あります。

さて、問題の新潟の高校一年生の男の子の新聞記事ですが…

当事者意識の足りなさ、情報共有の乏しさ

相談はしていたとのことですから、
認知されていても、適切に対処されなかったのかと思うと悔やまれてなりません。

以下、記事から抜粋します。

***
新潟県立新潟工業高校1年の男子生徒(15)が11月下旬に自殺した問題で、遺族が9日、生徒が残した遺書を公開した。

「本当はもっと生きたかったけどもう生きていける気がしません」
と亡くなる直前のつらい心情がつづられていた。

 遺書はノートから切り取った紙1枚に書かれ、自室の机の上に置かれていた。

言葉によるいじめを受けていたことが書かれ、「9月中旬から今に至るまでの平日は生き地獄のような毎日でした」と明かした。

学校の教諭に複数回、相談していたことにも触れ、「11月に入ってから相談した方は何の解決にもなりませんでした」と書かれていた。

 生徒の父親(44)は「人の悪口を言うのを一度も聞いたことがないような優しい子だった。

学校から、一言『悩んでいるようだ』と教えてもらえていれば、結果は違ったと思う」と声を詰まらせた。

 学校は今月5日、「情報共有や指導方法に不十分な点があった」とする調査結果を公表。

新潟県教育委員会は、第三者委員会でいじめと自殺との因果関係などを調べている。

12/9(金) 毎日新聞より

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

【人を妬んで真似をするのは 自分の良さを見ず活かさずに生きていくこと】

2016年12月08日 | こころ
今日も北九州の大学への移動、列車の車窓を楽しんでいます。

昨日は、保育協会での研修でした。
福岡市内公立・私立保育園の園長先生方
約60名が集まってくださり
タイプに合わせた話し方、聴き方、接し方を
ひまわり劇団に手伝ってもらって楽しくお伝えしました。

真似と学びは、違う。

「学び」は、こうなりたいという人のやり方を学んで、取り入れて自分をしてみる。

「真似」は、鵜呑み。

つまり、嫉妬し、鵜呑みにし、ただ真似をするというのは、自分の良さを見ずに、自分に活かさずに生きていくこと。アメリカの思想家エマーソンは、こういう名言を残している。

*************************
嫉妬は無知のしるしであり、人真似は自殺行為である。

Envy is ignorance; imitation is suicide.


Ralph Waldo Emerson
ラルフ・ワルド・エマーソン

*************************
ラルフ・ウォルドー・エマーソン(Ralph Waldo Emerson 、1803年5月25日 - 1882年4月27日)は、アメリカ合衆国の思想家、哲学者、作家、詩人、エッセイスト。無教会主義の先導者。

プラトン、カント、東洋哲学などを吸収した独自の思想は、ソローやニーチェ、日本では宮沢賢治や福沢諭吉など古今東西の思想家や詩人、文学者に影響を与えた。

エマーソンは次第に当時の宗教的社会的信念から離れ、1836年の評論'Nature'において、超越主義哲学を世に打ち出した。

wikiより抜粋
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

講演です

2016年12月08日 | 講演です
2016年12月6日 (火)12時30分〜14時
福岡市立香陵小学校

2016年12月6日 (火)15時30分〜17時
福岡市立東箱崎小学校

2016年12月7日 (水)14時〜16時
福岡市保育協会

2016年12月9日 (金)10時〜12時
朝日カルチャーセンター「話し方・聴き方講座」

2016年12月10日(土)13時30分〜15時
福岡市立長丘公民館

2016年12月17日 (土)13時30分〜15時
福岡市立千代保育所

ひまわり先生の講演をお聴きになりたい方は、主催者にお確かめください。朝日カルチャーセンターの講座「心に届く聴き方・話し方」募集中です。

親子、夫婦、嫁姑、介護している人と、近所の人と、ママ友と、職場の人と…

人間関係がうまくいきさえすれば、
ずい分行きやすくなると思います。

朝日カルチャーセンターにて
第一回が12月9日(金)です。

私たちは、人とコミニュケーションを取る時に
自分が良かれと思うやり方で
聴いたり、話したりします。

でも、実は、かなり多くの人とミスコミニュケーションしてしまっていることには
気が付いていません。

一ヶ月に一回
12月〜来年3月まで全4回
博多駅の近くの朝日カルチャーセンターまでいらっしゃいませんか?

あなたの顔の表情、椅子の座り方、声のトーン、声の調子、言葉、行動が
ひょっとしたら、相手に不快感を持たれていて
仲良くなれないのかもしれません。

仲良くしたい人と仲良くするための講座です。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加