小さな音楽家のブログ

考えたあらゆることのうち、誰かにきいてほしいなと思ったことを書きます。音楽のことが多いです。

漫画 風の谷のナウシカ/宮崎駿

2016年10月18日 00時54分25秒 | 
「人類のゆくすえ」の物語だ。そしてそれはとりもなおさず、私は(あなたは)どう生きて行くか、という問題だ。つまりまあ、それは全てということなのだけど。

このナウシカは、マジですごい。
歴史として読める。作者を介在させることなく年代紀として。
だからこその重みみたいなものがある。

ところでこの漫画は何十年がかりで書かれたらしい。作者のもんのすごい苦しみの産物である。逆 作者を介在させて読むなら、この話、連載開始当初の構想はぐらぐらに揺れまくって帰結したように感じる。それなのに歴史になってる。わお。

時間をかけて少しずつできあがって来た思想体系、世界の秘密、それを7巻入ってからぐるりんぐるりんとひっくり返しまくるのはなんともびっくり。まさに悟りだ。
で、それが歴史として読める。

ーーーーーー

物語は全編通じて主に「思想バトル」だ。
主人公が一つの理想を描く。するとそれに対してもっともな反論をするキャラクターが出てくる(虚無であったりナムリスであったり、墓所の主=旧時代の人類の遺志であったり)。
主人公は悩む。いろいろなヒントを得て思想の渦を打開しようとする。一度は分からなくなって諦める。でもまた別の思想に救われて復活する。最終的には墓所で、答えのない問題に答えを与える。それは1人の生きる人間として。結局は正解なんてないからね。

これはもう作者の頭の中そのまんまである。ナウシカが諦めたときってのはもう作者もわかんなくなって諦めてる。で、ナウシカが浄化された世界のイメージに救われた時、作者も同じように救われている。作者はナウシカのあとを追っているのだ。
作者にとってナウシカが案内人なのだ。
ナウシカならどうするだろう。こんなときどうするだろう、どう考えるだろう。作者はナウシカの後を追っている。


◇以下気づいたことなど。

ナウシカが都合よく巨神兵の母になった…?これはナウシカだけが巨神兵を愛せるから、だから母だということである。
オーマが秘石を確認したのは、ママと言ったあとだ。
子宮袋をやぶるナウシカ、これも母の暗示。

久々に読んで何箇所も泣けた。ナウシカがミラルパを救済するシーンも、上人さまに啖呵を切る場面も。

墓所の文字は、数式だろうね(1/2と読める箇所ある)。人類の叡智とは、科学、それは数式だ。

巨神兵のビーム攻撃は核爆発で、毒の光は放射能。これは分かりやすく。
火の七日間は核戦争。

1巻の初めから最後の最後まで活躍した風の谷のガンシップは、とうとう最後に沈む。戦争は終わったということ。戦争を象徴する武器の死。また、風の谷に訪れる平和の暗示だ。

王蟲の眼の色で序盤に提示されるが、
赤は憎しみや破壊の象徴。火、とも表される。
青はいたわり、友愛、慈悲の象徴。
そしてラスト、墓所の血も青かった。
セルムは、秘密にしようと言う。その真意は。
墓所もまた人の造りしものであり、そこには王蟲の持つ愛といたわりが、確かにあるということ。それは嘘なんかではない本当の旧時代人の愛といたわりだ。
それでもナウシカは否定した!真っ直ぐな眼をして。無数の未来の人間たちの卵を破壊するという大殺戮を行いながら毅然と立つ16歳の少女。
彼女は、これから生まれてくるものより、いま生きているものたちを愛することを選んだのだ。言い換えれば、いま生きることを選んだ。


「わたしはここで生きる、だから、一緒に生きよう」


…それが、希望を失おうとしている人にとってどれだけの救いになるだろうか。
この世界で、それでも生きると…。

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