拝啓イエスさま

クリスチャンなのかな?からし種ほどの信仰もない、パニック障害主婦の悪戦苦闘日記やら聖書のことばたちやら祈りやら

マザーテレサのことば

死にかけている人、障害をもつ人、心を病んだ人、必要とされない人、愛されていない人。 彼らは変装したイエスなのです。

神を待ち望む

2010-05-13 10:05:45 | 大事なこと
わが魂よ、
なんじただ
神を待ち望め!


アンドリューマーレー著 「神を待ち望め」より


今読んでいる。ぐっと来た言葉。感謝です。
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受難日・・マル15章1〜41節

2010-04-02 10:46:23 | 悲しみ・悩み・苦しみの中にあるとき
 わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。

今日は受難日。
イエスキリストが、十字架にかかった日。
イエスさまがもっとも苦しまれた日。
あたしも風邪に苦しんでいる。感謝なことだ。
最近、読んだ本でキリストのかかった十字架刑がどれほど
苦しいものだったかを具体的に読んだ。
その本によると、十字架にかけられる前の鞭打ちの刑によって
キリストは重体に陥っていたのでないかと言っていた。
だから、通常1週間はかかる十字架上での死までの時間が
たった6時間だったのではないか・・とのことだった。

初めて、キリストの十字架刑を聞いたとき、「もっと苦しい死に方している
人はたくさんいる」と思った。
実際、そうだと思う。
ただ、キリストは私たちのために十字架にかかった、その1点において
他の人と違うのかなあ・・と思う。正確には、神の子が全人類の罪の購いの
ために死んでくださったことが、すごいことなんだけど。
そのあたりについて、あたしはまだ頭でしか理解できてなくて、ほんとに
魂の深いところでは理解していない。
そのときを待ってはいるが、なかなかその「時」はこない。
委ねるしかないのだ。

教会での通読箇所はマタイ15章1〜41だった。

心の残った言葉は、

5節 それでも、イエスは何もお答えにならなかった。
   それにはピラトも驚いた。

10節 ピラトは祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに
    気づいていたからである。

30節 〜十字架から降りてきて、自分を救ってみろ。

31節 〜「他人は救ったが、自分は救えない。

34節 「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」

37節 それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。
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ヨブ記

2010-03-31 20:27:08 | 悲しみ・悩み・苦しみの中にあるとき
問題を起こした母教会に出戻り?して約2か月。
今は、毎朝ある早天祈祷会にも行くことができ、
感謝である。(昨日からは風邪で休んでるけど・・)
教会は相変わらずで・・傷つくことは多々あるし、つまづきも
あちらこちらに転がっている・・。
でも、人間たちに期待をしない分、神様、イエスさまに向かって
まっすぐにひたすらに向かうことができる。
感謝だ。
教会の人たちの弱い部分も赦せる自分になってきた気がする。
まだまだ自分の傲慢な自我が暴れちゃうこともあるけど。

聖書もなんだかぐいぐい読める。
こちらをアップしてなかったけど、ノートにみことばを書き写す
写経ならぬ「写聖書」(全部じゃないけど。心に残るみことばだけ)を
している。これがほんとにいい。心が、落ち着き、みことばも味わえる。
タイトルのヨブ記・・今読んでいて、初めて読んだときから大好きなんだけど、
今、苦しみの中にいる人がいたら、ぜひ読んでみてほしい。
あたしも苦しいときに読んで、ヨブにすごく共感し、いれこんでしまった。
そして慰められた。
ま、あたしはヨブみたいな正しい人ではないんだけど。。

祈りの時間も、前より長くとれるようになってきた。
神様との対話である祈り・・をこれからも大事にしていけますように・・。

主よ、今日のすべての恵みに感謝します。

今日、苦しかった魂を慰めてくださいますように。
励まし、癒してくださいますように・・。
どうか、命を絶とうとしている魂がありましたら、
どうか救ってください。あなたが語りかけてください。
「わたしがあなたとともにいる」と。
どうか、生きる力を与えてください。
助けてください。祝福してくださいますように。

イエスキリストのみ名によって祈ります。
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あたしのために・・・・ルカ4:18

2010-02-15 15:16:07 | 悲しみ・悩み・苦しみの中にあるとき
 主が、貧しい人に福音を伝えるようにと、
 わたしに油をそそがえれたのだから。
 主はわたしを遣わされた。
 捕らわれ人には赦免を、
 盲人には目の開かれることを告げるために。
 しいたげられている人々を自由にし、
 主の恵みの年を告げ知らせるために。


イザヤ書を開かれ、イエスさまが自分のことに書いているところを
読まれた。

イエスさまは、よい人を救いに来たのではない。
今、泣いている人、哀しんでいる人、虐げられている人、
自分は罪人だと思って自分を責めてる人、自分の罪に気づかない
罪人・・・
何もほんとのことが見えてない魂の盲人であるあたしたちを
救うためにやってきた。

ただそのことのためだけに・・・。

こんなあたしのために・・。

苦しんでいる友のために・・。

どうか

絶望の中にいる人たちに
イエスさまのことが
伝わりますように・・・。
あたし自身も含め・・・。

祈ります・・。
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キリストにある苦しみ・・・ピリピへの手紙1章29節

2010-02-15 15:06:12 | 悲しみ・悩み・苦しみの中にあるとき
 あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、
 キリストのための苦しみをも賜ったのです。


信仰がある中に、苦しみもある。。
アーメン・・。

信仰があれば苦しみがなくなるわけじゃない。
むしろ、困難や迫害は絶対に増える。

それでも、イエスに従うよりあたしにはない、って思う。。
イエスさま。。
助けてください。


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人を恐れるな・・箴言29章

2010-02-15 14:43:27 | 悲しみ・悩み・苦しみの中にあるとき
 人を恐れるとわなにかかる。
 
 しかし主に信頼する者は守られる。



弱いあたしたちは、すぐに人の目を気にしてしまう。
人からどう思われるか・・・そちらを大事にしてしまう。。

一番は神様なんだ。
神様に心を向けていたら、あとのことは大丈夫だ。
って思えることが信仰。
委ねるってこと。

今、あたしは教会に・・・1年前の事件で傷ついたトラウマのある
教会に導かれて戻っている・・。
最初は、ほんとに全然戻る気なくて・・なのに突然神さまの
計画が動き出した。
いろんな不思議なことが重なって、あたしは先々週の木曜日?くらいに
母教会に行っていた・・。
そのときは、なぜか「あの苦手な人もいるけど、今なら大丈夫かも」って
思えた。
その人への強い憎しみは、会ってみたら1年前よりは大丈夫になってた。
言葉はかわせなかったけど。。

それでも、徐々にまた肉の思いで、あのときの恐怖感が、憤りがよみがえって
きて、「やっぱりこわい」・・・って悩んでいる。
昨日は、信仰の友に、共に祈ってもらった。

そして「(今は)人を見ないで、神様だけを見ること」を胸に・・
神様に「委ねる」訓練のなかを通されている。

それでもきっとまた試練を通されたら、
この後のヨブのように、つぶやきだすだろうと思う。
神をのろいだすと思う。
自分のいのちを憎んでしまうと思う。

それでも、また転んでも起き上がればいい。

今は、そんな気持ちになれている。。

ありがとう。。。
ずっとそばにいてくれるイエスさま。。
ありがとう・・・。

これからもよろしくです・・。

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神様は与え、また取られる・・・ヨブ記1章

2010-02-15 14:26:13 | 大事なこと
 私は裸で母の胎から出て来た。
 また、裸で私はかしこに帰ろう。

 主は与え、主は取られる。
 主の御名(みな)はほむべきかな。



さあ、大好きなヨブ記に突入した。

読むの何度目だろう。

読むたびに違う発見がある。

最初は、ヨブに自分を重ねて読んだ。
共感した。
試練に耐えかねて、神さまを呪うヨブに
私はこころ救われた。

今回もまた違った感覚で読んでいる。
この1章で、ヨブは全財産を神の許しを得たサタンによって
奪われ、子供も全員失ってしまう・・このあとに
このヨブの言葉・・・
やっぱりヨブってすごい信仰者だったんだよな・・って
今までよりも強く気づいた。

子供が全員死んで、
それでも神様を賛美できるクリスチャンが
この世にどれだけいるだろうか・・・。
もちろんあたしだって無理。

でも、それほど神様への想いを抱いていた者だったから
さらにもっとひどい試練にあわされる・・。

試練があるのは、よい信仰者である証だ。
神様に愛されている証なんだ・・。

そのことを想った。。

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実を結ぶために・・・ルカの福音書3章

2010-02-08 07:54:20 | 大事なこと
 彼(ヨハネ)は答えて言った。
 「下着を二枚持っている者は、一つも持たない者に分けなさい。
  食べ物を持っている者も、そうしなさい。」



イエスさま、あたしはとても欲深いってこと
思い知らされます・・。
自分が貧しいときに、持ってるものを人にわけ与えることが
できるでしょうか・・。
自信がないです。。

ごめんなさい・・。

マザーテレサの本に、カルカッタの貧しい人が、マザーからもらった
わずかな食べ物を、隣のもっと貧しい人に分けてあげた話を
思いだしました。

マザーは「貧しい人は美しい」と言いました。
その話を聞くと、本当にそう思います。

今、この国はどうでしょうか・・。
小さな者、弱い者、貧しい者は、虐げられてます・・。

欲に支配されっぱなしです・・。

どうか、この国をあわれんでください・・。

本当に本当に・・。

あたしのことも、あわれんでください。

物や心を与えようとするとき「惜しい」とゆう気持ちが
起きませんように・・・。
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奮闘・・・・コロサイ人への手紙 1章

2010-02-08 07:37:01 | 聖書
 このために、私もまた、
 自分のうちに力強く働くキリストの力によって、
 労苦しながら奮闘しています。



このため・・とは、パウロいわく「すべての人を、キリストにある成人(キリストにあって完全なもの)として立たせるため・・だ。

パウロはただこのために奮闘している。

あたしはどうだ?どうなのさ?

こんな立派なことのためには、奮闘してない気がする・・。

でも、いいの。今はまだ。整えられてないもん・・。
準備期間?
わからないけど・・。
奮闘はしてる・・。
イエスさまに従って歩もうと・・。

それでいいかな?
イエスさま・・。
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むなしさ・・・伝道者の書1章

2010-02-08 07:17:13 | 悲しみ・悩み・苦しみの中にあるとき
 空(くう)の空(くう)。
 伝道者は言う。
 空の空。
 すべては空。
 日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。


 ・・実に、知恵が多くなれば悩みも多くなり、
 知識を増す者は悲しみを増す。



ただただ、そうだよなあ・・・って思う・・。
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