セントルシア流ライフ

青年海外協力隊モリモリ活動日記

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2010年

2010年01月08日 | Weblog

新年明けましておめでとうございます。
すっかり更新が途絶えてしまって本当にごめんなさい。
今日はただちょっと新年のあいさつを書きたくって。

今年もどうぞよろしくお願いします。

早いもので、ここでの生活も後半年。
ちょっと、今年の抱負を書いてみようと思います。

①セントルシアで未達成の目標を達成する。
いろいろありすぎて書ききれないけど、世界遺産の頂上で1泊キャンプ。

②日本に帰って逆カルチャショックを楽しむ。
人ごみとかみんなが日本語しゃべってるのとか電車とか
そんな非日常の生活を楽しみたいです。

③日本のおいしいものをたらふく食べる。
食べたいもの第1位あじの開き、第2位とんこつラーメン、第3位いかの塩辛  
気がつくと意外と質素なものばかり。

ところで年末年始はと言えば、日本から友達が来て、
ちょっと海外へ行ってきました。
と、言ってもセントルシアも日本から見たら海外なんですが。
写真をちょこっと載せます。
プエルトリコ(アメリカ領)オールドサンファンの街並み


世界遺産の要塞.。大砲の玉。

  

プエルトリコを走る車のプレートも世界遺産の絵です。かわいいね。


ドミニカ共和国世界遺産の古い街並み これは泊まったホテル。


コロンブス!!            カリブ地域で一番古いとされる教会
 

年越しの花火。広場のレストランから。


ドミニカ共和国のビール(おいしかった!)


1月2日に帰って来たのですが、セントルシアに到着したとき、
やたらホッとしたんです。
なんだかセントルシアが母国かのように思えてくる今日このごろです

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セントルシア流「観光業」

2009年09月20日 | セントルシア流「○○」

母がセントルシアに来ました
日本の裏側のカリブ海まで行きは2日、帰りは時差の関係で3日、
飛行機で計、なんと5日もかかります

行き方は様々。
トロント、NY、マイアミ、イギリス、プエルトリコ・・・
必ず経由地で1泊しなくてはいけません
そう考えると、やっぱりセントルシアは日本から遠いです。
こうやってネットがつながるからあんまり距離を実感しないけど。

ところで、セントルシアの1番の産業は
「観光
であります。
私も母と一緒にこのときばかりは観光客になっていろいろ回ったのですが、
観光で生きている国なのに、
信じられないことが何度もありました

クルーズ船に乗ったとき2ドルのおつりのはずが

「そんな細かいお金がない」

という理由で、もらえませんでした
しかも何の悪びれもなく

タクシーに乗ったとき、またしても

「おつりがないから」
という理由で、帰りもそのタクシーを呼ばなくてはいけないはめに

観光客のためにUSドルが使える国なのに、
$100USを払おうとすると、受け付けてもらえなかったり
$1US単位のおつりを用意していなかったり。
この国の通貨ECドルでも同様。
「観光」で生きている国なのだから
最低でもおつりは用意しておくべきです

反対におつりがないからという理由で
「もういいや、お金いらない。」
って、ただでビーチでシュノーケリングセットを借りられましたが
なんて適当なんだ

やはり海外では信じられないことがたくさん起こります
日本の常識なんて、世界では通じませんね


今日は写真を載せます。いろんなところへ行って楽しい一週間でした

↓植物園。あいにくの雨でした。  ↓仕事後母と家のベランダで夕日を見ながらお茶。
 熱帯雨林に南国の植物と滝。    向こうには
世界遺産のPiton山とカリブ海。スフレの町並み
   

↓教えている子どもたちが、母に日本語で自己紹介中。「コンニチハ。ワタシハ○○デスゥ。」
 

↓職場でランチ会を開いてくれました。↓ルシア料理。バナナ、ソルトフィッシュ、ブイヨン。おいしいよ!
 

↓母、数十年ぶりに海水浴中。 ↓おつりがもらえなかったサンセットクルーズ。船からの夕日きれいでした。
 

↓ピジョンアイランド。植民地時代にイギリスとフランスがよく戦ったところ。


↓ルシアの昔のさとうきび農園。バレンブッシュエステート。トトロが出てきそう。

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セントルシア流「新年度」

2009年09月01日 | セントルシア流「○○」
ホントにホントに・・・更新さぼってごめんなさい
更にデジカメも壊れて写真がないんです。
ごめんなさい

今日から新しい学年
インフルエンザなんてどこへやら?
話題にものぼりません。
進級した子どもたちは、クラス替えに新しい先生に
心を躍らせて登校してきました

その始業式


何かが違う。

よく見る全校集会の風景なのに
何かが違う。

なんだなんだ

う、何だか、まぶしい


よく観察してみると
どの子も
『新品の制服』と
『新品のリボン』と
『新品の靴
を身につけているじゃありませんか
まぶしく見えたのは、真白のシャツとリボンとシューズ。

話を聞くと、どうやらここセントルシアでは
新年度には新しく全ての学用品を買い替えるのが
習慣だそう
高校生でも、毎年買い替えるなんてことも。
バッグや文房具まで
全部全部ぜ~んぶ

先生もまた首都まで新品のスーツを毎年買いに行きます

新学期前に、お金がたくさん必要なの!だから貸して。
と話すお母さん達の言葉をふと思い出す。

北欧の植民地時代が長かっただけに
『身なりをきちんとする』という文化が残っているのでしょう
自分達の文化を持つことを許されなかったこの国だからこそ
こんなアンバランスな習慣が根付いてしまったのかもしれません。
逆に考えると、無理してでも学用品へのお金が工面できるのだから
ここは、本当に貧しい国ではないんでしょう
うーん、何だか複雑

でも、やっぱり新品は嬉しいもの
見ているこっちもわくわくドキドキ。
新しい気持ちになりました

ところで、セントルシアに来て迎える
2回目の新年度。そして最後の新年度
今年は知っている子どもたちが進級し、
子どもが成長していく様を見ることができました。
今学期も楽しみだー
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セントルシア流「おやつ」

2009年07月03日 | セントルシア流「○○」

クイズです。これ、何でしょう


そうです。マンゴーの季節がやってきました
日本じゃ貴重なマンゴーがこんなになってる「鈴なり」とはこのことですね。

これは、うちの家に生えてるマンゴーの木
セントルシアのマンゴーの種類は40種類以上。
これは中でも、一番人気の「ジュリーマンゴー」ちゃんです
食べにくいんだけど、やわらかくて、甘くて。

ところでこの間、放課後に子どもと一緒にバスを待っていました
子どもたちのおやつと言えば、マンゴー。
バス停の横に生えているマンゴーに向かって上手に石を命中させ、
落ちたのをその場で食べ始めました。
こっちの人は包丁なんてなくても、上手に口で皮をむき、むしゃむしゃと食べます
ちょっと汚いけどね

おやつだぁ
 
おやつを自分の手でとって食べる。
なんか原始的だけど、健康的だなぁ

ところで、このマンゴー、この季節にこれでもかって位実るので、拾うこともできるんですが、
道端でも、おばちゃんから5個を2ドル(80円くらい)くらいで買えます
庶民のおやつ、というわけです
でも、貧しい人々にとっては、もしかしたら主食なのかもしれません。

南国が発展しない一つの理由に、こんなことがよく言われます。

「いつでも、食糧が手に入る

まさに、マンゴーもそう。

日本は冬になにも採れなくなるので、蓄えるという知識や意識が生まれました
そして、冬のために一生懸命働きます。
働かないと冬に死んじゃうからです
結果、とっても単純ですが、堅実で努力家の国民性になったのだと言われています
でも、ここは

「働かなくても、生きていける

確かに、発展が遅れるのも無理はありません。
むしろ日本の国民性の方が珍しいのかも知れませんね。

さて、私の家のマンゴー。
こんなになってるのに、まだ食べられません
生き地獄です。
鳥とにらめっこしながら、黄色に熟すまで、じっと我慢です
もう、待ちきれない

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セントルシア流「歴史」

2009年06月28日 | セントルシア流「○○」

今日は、セントルシアの歴史をちょっと一緒に勉強してください

セントルシアは独立して、30年。私よりちょっとだけ年上です
じゃあそれまでは??簡単に言うと、

原住民時代

ヨーロッパ人の到来(1500年頃)

イギリスとフランスの植民地時代(1651年~1814年)
その間、14回も領有権が入れ替わり、最終的にイギリスが得た

アフリカ奴隷時代

奴隷解放(1834年) → これによって働き手をインドから移民させた。

独立(1979年)

日本は歴史上、植民地にされることがなかったので、
奴隷の人の気持ちや、国を違う国に支配されることや、独自の文化や習慣を害される気持ちを
知りません
日本は独自でやってきました。
だから、ここの歴史は、新たな世界をのぞかせてくれます

前置きが長くなっちゃいましたが、先日、この植民地時代に
たくさんの奴隷を抱え、大きなプランテーション(農園)を経営していた
ルシアでも少ない、歴史的場所にいってきったのです

「バレンブッシュ、エステイト

ここでは、昔、シュガーケイン(さとうきび)を大量生産し、
輸出していました。

これはフランスが作った、大きな水車
 
もうさびついちゃって、動きません。
なんかちょっとラピュタの世界
ここだけ、時間が止まってしまったよう。

これで、シュガーケインをこしていたそう            水車を侵食する大きな木
 

ここの土地は、
経営者・奴隷とたくさんの人が住んでいました。
今でも昔の家が残っています。


ちなみにここで経営者の子孫がまだ住んでいて、やはり白人です。
この歴史的建造物を人々に公開しているんですが
お金がほとんどとりません
ルシアの、そして、この家の歴史を見てくれることは喜びだそうです

歴史があまりない、と思っていたルシアにも
日本ほど激動で、様々なものが残っているわけじゃありませんが、
日本と同じように、昔から人々の営みがあったんだって感じられた一日でした

歴史を学んで、今を知る。

昔から現在、そして未来へとつながっているんです。
全てはバトンタッチ
昔の人々の意志を知らないまに引き継いでる。
だから決して、一人で生きているわけじゃないんだね

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リコーダーワークショップ

2009年06月25日 | Weblog

回っている小学校の1つで、リコーダーのワークショップを開催しました

この学校にはピースコー(アメリカの協力隊)のベン君がいて、
バイオリンを弾ける彼は、この学校で毎週1回リコーダーを教えています
私も週1回、この学校に来て図工や音楽を教えているので、
仲のいい友達なのですが・・
私たち2人の悩みは

先生がリコーダーを吹けない
      ↓
先生が楽譜が読めない
      ↓
音楽の授業を教えられない

ということ。
そこで、放課後先生たちに教えてあげようということになったのです

打ち合わせ中
 
ワークショップの様子


ところで、どれくらい先生がリコーダーを吹けないというと
「全く
といったところです。
あんなにリズム感もいいし、ダンスもできるのに・・。

楽譜の読み方から、音符の長さ、リコーダーの持ち方などなど
基本からじっくり教えました

「うーん、難しいよぉ。指3本とも一緒に動いちゃうよ


「あ、できた」(おばあちゃん先生も↓)           ↓校長先生も超真剣
 

練習時間。みんな真剣


初めてリコーダーが弾けた喜びに
子どもみたいに目をきらきらさせていました


ところで、このワークショップで一つ新しいことを学びました

日本は「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・
シ・ド」でしょ?

こちらは「C・D・E・F・G・A・B・C」なのです。

ちょっと気になって、『階名(音符の読み方)』について調べてみました。
日本ではもともと「ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロ・ハ」だったんです(知ってた?)
今使ってる「ド・レ・ミ・ファ・ソ・・」音階はイタリア式のものを日本風にしたもの。
世界では一般的に「C・D・E・F・・・」のアメリカ式やドイツ式のものが使われているらしいです。
そう言えば、ギターのコードってアルファベットだもんね

ちょっと話がズレちゃいました

音階の読み方は違っても、同じ楽譜から同じ曲が流れてくるんだもんね。
音楽って国境を超えます

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祝☆セントルシア1歳

2009年06月23日 | Weblog
早いもので、セントルシアに来て丸1年が経ちました

セントルシアに来てからの変化
・髪が伸びた(一度も切ってない。)
・焼けた(真っ黒)
・太った(+○kg)
・精神的にも性格的にも、強くなった(良くも悪くも
・ルシアンと喧嘩できるようになった
・現地語が話せるようになった
・友達や家族の温かさが身にしみるようになった
・仲のよかった友達がほとんど結婚、もしくは婚約した(10人以上!)
・行く前に結婚した友達に、子どもができた(おめでとう


きっと日本に帰ったら、友達の家族が増えてて、
覚えるの大変なんだろうなぁ(嬉しい悲鳴)
見た目の変化もあるけど、精神面でも、日本でも変化はたくさんありました

なんでもがむしゃらに活動していたこの1年。
危険や間違いを覚悟で、いろいろなことに挑戦したからこそ
学べたこともありました。

どちらかというと失敗の方が多かったかな

これからの1年はこの学んできたことをベースに
もっと成長していかなくっちゃって思います。
もう、ここでもお客さんの期間は終わり。
どしどし、ルシアン化して活動していきたいです。
「ルシアンと本気でぶつかり合うこと」が目標だったりします
本気でぶつかり合えたら、認められた証拠ですから

セントルシアでの1年間は1日1日がとてもゆっくりで、
幸せなことも辛いことも敏感に感じられます
そして、人の温かさを身にしみます。
人の温かさに国境はない。なんてね

支えてくれた多くの人たちへ
感謝しています。
ありがとう

今日は世界遺産のピトンにかかる虹をお届けします。
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セントルシア流「中学受験」

2009年06月17日 | セントルシア流「○○」

さて、セントルシア中の全6年生が受ける
日本で言う、中学受験の日がやってきました

Common Entrance Exam(コモンエントランスエグザム)

この日のために6年生は1年間がんばってきたんですね。
もちろん、私の活動の一部も
このコモンエントランスのために注がれました

ところで、この試験とは
簡単に言うと、日本のセンター試験のようなものです。

≪日本の中学受験と違うところ
・セントルシアの6年生全員が受ける。
・科目は、「算数」「国語(英語)」「一般科目(理科、社会)」。
・地域ごとに一つのところに集められ一斉に行う。
・試験監督は中学の先生。
・行きたい中学を第3希望まで書き、成績のよかった順に希望内で学校が決まる。
・かなりリラックスしている(日本の受験と言えば、気合いがすごいですよね。)

≪日本の受験と似てて驚いたところ
・試験がマーク式のものがある。
・使用する鉛筆は、全ての受験生に配られる。

今は中学にはほぼすべての子供が行けるのですが、
数年前は、成績が悪いとどこも入れず、
小学校留年なんてことも。
また、行く中学によって、将来が決まってしまったり受ける授業に差があったりと
まぁ、とにかく将来のための大事な試験なんです。

が、見た限り、子どもたちは
相当リラックスモード

日本の受験は、こんな感じ


でもこっちは、

こんな感じかな


セントルシアは完全学歴社会
たったの12歳で人生が決まっちゃうなんてちょっと怖いです。


ところで、毎年、国で最下位をとる私の勤める地域
でも、今年は一味違いそう。
結果が出たら、また報告します

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教育省へのプレゼン

2009年06月12日 | Weblog
かねてから、考えていた、教育省へのプレゼンを行いました。
過去の算数部会の実績発表と、算数プロジェクトの提案
誰に頼まれたわけでなく、自分たちでお偉いさんの予約をとって自ら乗り込んでいきました

なぜこんなことをしたか

それは私でこの国の小学校隊員が、最後になるからです
過去たくさんの小学校隊員が積み重ねてきたものを、
誰にも引き継がずに、終わってしまうのは嫌だからです
そこで、ルシアに良いものを引き継いでもらおうと省庁のお偉いさんにプレゼンをしました

↓プレゼンの一部



反応は・・・



二重丸
納得してくれ、プロジェクトを是非引き継ぎたいという強い意志を見せてくれました。
プレゼンして、よかったぁ

日本では、文部科学省にこんな若者がプロジェクトの提案をしに行くなんて
絶対にあり得ないことです。
しかし、ここは小さな国
自分で動かそうと思えば、国だって動かせちゃう。
できないことはない、と思わせてくれる国です
提案することは、意外に簡単なこと。

しかしその反面、簡単には動かないのがこの国
仕事に対しては、遅い、期限や約束が守られない、めんどくさい、お金がない。
とても、省庁としての責任感を感じることがありません
余談ですが、日本ほど、政治の賄賂や に対して厳しいん国はないんじゃないかと思います。
ここでは政治の汚職が容易に見られるからです

こういう点で、困難はまだまだ待ち受けています

さて、これからがハンドオーバーの本番
協力隊の腕の見せどころ。
ルシアにルシアなりのいいものを残していけたら嬉しいです。
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ウミガメ産卵ツアー

2009年06月07日 | Weblog
に、行ってきました。
この↓、ジャングル車に乗ってセントルシアの北にある無人のビーチへ。
  
もちろん、電気も水道もないところ
そこで今日はキャンプをしながら、ウミガメが海から上がってくるのを待ちます。

ところで、ウミガメの産卵について、ちょっと説明
ウミガメは産卵の時期になると、(ここでは3月~7月)
真夜中、産卵のため砂浜に上がってきます。
そして、砂浜に穴を掘り、目から涙を流しながら卵を産み落とします。
産卵を終えた後は、砂をかぶせて海に帰って行くのです。

今日は満月。見られるといいなぁ
←電気がないところは月明かりがこんなに明るい

そんな願いが届いたか、真夜中、大きなウミガメが砂浜に現る

で、でかい!1.5mくらいあるでしょうか。
そんな海ガメが一生懸命、後ろ足をスコップにして上手に穴を掘る掘る。
掘り終わると、卵をぽとぽとと穴に落としていきます。
触っていないけど、卵の殻は少し柔らかいみたい
 

100個程の卵を生んでいる最中、
顔をみてみました
そう、産卵の時ウミガメは涙を流すという話は本当かどうか確かめたくて。

そしたら、どうでしょう。

ほんとだ、泣いてる



なんで涙を流すのか、不思議で調べてみました
夢を壊すようですが、これは泣いているわけではなく、
体内の余分な塩分を濃い塩水として排出して体内の塩分調整を行うために、
常に分泌されているのだそうです

しかし、お産をしているこの海ガメの涙には、
嬉しさや苦しさや、いろんな感情が入っているような気がしました
だって、1時間も頑張ってたんだもん。

さて、こんなに産んだ卵ですが、無事に大きくなる亀はたったの5%ほどだけだそうです
後は、食べられてしまします。
今回産んだ卵も穴の中に水が入っていたため、
生存するのはほぼ無理だろうという話でした。
自然って本当に厳しい世界です

神秘的な世界をのぞかせてもらった日でした
最後に一緒に行ったピースコーの友達と
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