雲のむこうはいつも青空

まったりもったり〜自閉症児のいる暮らし@ちびくまママ

A Happy New Year!

2012年01月01日 | わたしたちにできること
あけましておめでとうございます。

色々ありすぎたこの1年、このお正月は「おめでとう」を控える
傾向にあるとのニュースも各所で見ましたが

大きな犠牲を払いながらも、こうして人が支えあい、
ながら、新しい年を迎えられたことを寿ぎたいと思います。

私個人にとっては、2006年のCIDP発病以来、毎年が
波乱万丈で、特に2010年はこれまでの10年でも一番と思えるほど
あれこれあった1年でしたから、2011年は今年こそ平穏で、と
願いをこめた年であったわけなのですが・・・

私の生まれ育った町・神戸がそうであったように、
傷つき、倒れた街が、人々が、また立ち上がり、息づき、
新たな明日を、未来を描いてゆける日が来ることを
祈ってやみません。

自らが傷ついたからこそ、人の傷を癒す術を知り、
自らが痛みに耐えたからこそ、人の痛みがわかるようになる。

史上例を見ないほどの厄災を生き抜いてくださった人たちに
今、心の傷を抱えながらも必死で生きていてくれる人たちに

生きていてくれてありがとう、と心から伝えたいと思います。
どうか、皆様にとって、少しでも穏やかな、幸せが実感できる
一年となりますように。
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積み上げたもの

2011年11月26日 | 驕らず焦らず諦めず
私たちの住む町の公共施設で、毎週土曜日
無料で卓球台を貸してくれるところがあります。
珍しく何も予定の入っていない土曜日、
「いっぺん行ってみようか」と息子と2人で
出かけてみました。

カウンターで「卓球したいんですけど〜」と
申し出ると、結構人気があるみたいで、
1時間待ちだとのこと。
しかたがないので、息子は近くのバスターミナルで
バスと車見物、私は隣のショッピングセンターを
うろうろして時間をつぶすことに。

「ひょっとしたら、1組キャンセルが出て早くなるかも」
と言われていたので、少し早めに1人で様子を見に行ったら
結局キャンセルは出ていなかったのですが、カウンターに
なんだか見覚えのある人が・・・

「あれ、Nさんじゃないですか?」
「そうですけど、えっと、ごめんなさい、お名前が・・・」
「Mです。アメリカから帰ってきた時お世話になった」
「ああ!まあ、お久しぶりですね。もう、大きく
 なられたでしょうね」
「今、高等部の2年です」
「まあ、そう!どうですか、その後、落ち着かれてますか」

アメリカからの帰国が決まって、市役所の福祉課へ国際電話を
かけて相談したときに対応してくれ、その後息子が燐市の
通園施設へ編入することになるまで、受け入れ先探しや
手帳取得などのあれこれを担当してくれた職員さんなのでした。

今はこの施設を運営している外部団体の職員さんになって
このセンターの受付と事務を担当しているとのこと。

なにしろ、意に反して急にこのS市に帰ってくることになって
それまで大学病院のICUにいた患者が
いきなりまじないで病気を治そうとする村に放りこまれたかのように
親子でとまどい、パニくり、不当な扱いや無理解や無策に怒り、
悔し涙を流しまくっていた頃のことですから

この人個人のせいではないとわかっていても
お世辞にも楽しい思い出がある相手ではなかったのですが
それでも「懐かしい」と感じ、今は素直に「その節は
お世話になりました」と笑顔で挨拶できるようになったのは

結局のところ、私も息子もトータルでは出会いに恵まれ、
息子が昔の笑顔もそのままに、ここまで心身ともに健やかに
育ってくれたからなのかも。

自閉の診断を受けてから13年、日本に帰ってきてからもうすぐ
12年。あっと言う間だったし、私自身は何一つ
大きなことを成し遂げたわけではないけれど、

日々の生活の中で、「自分が大切にしたいもの」を見失わず
1つ1つ積み上げてきたものが、昔は想像もできなかったような
今の穏やかな生活と心持ちをもたらしてくれたのかもしれません。

息子とひとしきり卓球を楽しんだ後、受付に借りたピン球を
返しにいったら、Nさんから話を聞いてたのか
他の職員さんたちも口々に息子に声をかけてくれます。

「卓球、上手ね」
「おかあさんと、ずいぶんラリーが続いてたね」
「おもしろかった?また来てね」

「はい。おもしろかったです。また来たいです」
と息子はにっこり。
「おかあさん、卓球楽しかったね〜」と言いながら
ご機嫌で帰途についたのでした。



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文化祭

2011年10月15日 | 楽しい学校生活
息子の通う特別支援学校では、毎秋に行う文化祭を「創作祭」と
呼んでいます。

歌やダンス、劇などのステージ発表のほか、授業で作った
作品の展示や、生徒の手作り品の販売、PTAの不用品バザーなど
小規模ゆえ、普段は静かな学校が、この日ばかりは
普段は本校にいない分教室の子どもたちや
保護者や兄弟や、卒業生や、今後この学校に来ることになりそうな
子どもとその保護者や、出身校の先生たちなど、
人であふれかえって、それはそれはにぎやか。
まさに年に1度の「お祭り」です。

本校生のステージ発表は午前中。
出勤日で見にいけない夫のために、ビデオカメラと三脚も
持参で、朝一番に駆けつけましたが、
会場は既に結構埋まっていて、三脚もたくさん。
わが子の頑張る姿をカメラに収めたいのは、みんな
同じなのですね。

今年のステージは、高等部1年、高等部2年、小中学部、
高等部3年の順番でした。
息子のいる高等部2年は、ほぼ毎日通学できているのが
息子を含めて男子5人だけ、そのうち台詞が言えるのが
4人、という小集団なので、息子たちは20分の持ち時間中、
ほぼ出ずっぱり。

YくんとNくんの少林寺拳法の披露、Kくんの剛速球披露など、
それぞれの得意技を生かした、楽しいステージになっていました。
なつかしのピンク・レディーの曲に合わせたダンスや和太鼓も
猛練習の成果か、なかなかのもの。

「マイクを通したアナウンス」と「英語の歌」が得意な息子は
台詞を言うたびにスタンドマイクのところまで走っていって
台詞を言ってはまた走って帰る、というアクションで
お客さんの笑いを誘っていましたが、

なんと最後の最後に、ハンドマイクを握り、ステージ上で
スポットライトを浴びて、サイドステップを踏みつつ
ABBAの「ダンシング・クィーン」を英語で熱唱。

たくさんのお客さんの前でも、臆する様子もなく、終始ノリノリで
フルコーラス歌い上げて、クラスメートと合流して、終了。

確かに、今年は「英語の歌を歌う」とは聞いていたんですが
まさかソロとは思いませんでしたよ〜。
だって、息子は、歌うのは好きだけど、人前で大きな声で
歌うことは去年までほとんどなく、昨年末の誕生会で高等部の
みんなの前で歌を歌った、と聞いて、びっくりしたくらいなのに、

一足飛びに、創作祭のステージで、やりますか、普通。
1人会場で冷や汗びっしょりになった私をよそに
息子は大満足のていで引き上げてきて、
「上手に歌えたよ〜」と自信満々でした。

「ステージで、1人で歌えるなんて、すごいね〜」
「さすがに、発音が違うわね〜」
知り合いのお母さんがたから口々に褒めていただいて
嬉しいやら恥ずかしいやら・・・

だけど、これでもう、
「うちの子は内気で、恥ずかしがり屋で…」って
いえないじゃないのっっ!!
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宝物

2011年08月04日 | adorably autistic
おしゃべりはしない、または訥々としているけれど、
書き文字やキーボード入力なら
ずっと流暢に「ことば」を操れる、という
自閉っ子のお仲間の話はよく聞くのですが

うちの息子の場合、おしゃべり以上に
書き言葉は難しいらしく、「文を書く」のは
とても苦手にしています。

学校でも活用してもらっているスケジュールや
手順書は「書き言葉」というより、「文字情報」という
位置づけのようで、
「文」の読み取りもやっぱり苦手なようです。

なので、彼に「ことば」を教えるには、どうやら
実物や実体験と結びつけながら、話し言葉で
納得してもらうのが一番いいように感じ、
機会をとらえては、意識して親子で「おしゃべり」を
するようにしています。

逆さバイバイ(手のひらを自分に向けてのバイバイ)の
ようなことはなかった息子ですが、
そこそこ話し言葉でやりとりができるようになった今も
相対関係を言葉に反映させることはとっても
難しいらしく、
「…してあげる」と「…してもらう」「…してくれる」などは
頻繁に間違って使っています。

最近また何度目かのマイブームになっているアメリカの
幼児向けアニメには主人公姉弟が登場するのですが
「○○は△△の弟」であることは番組紹介に文字で書いてあるので
理解できるのだけれど、では「△△は○○の何か?」と
問われるとわからない様子。

兄と弟、姉と妹、親と子、祖父母と孫、おじおばと姪甥、
家族関係って、みんな相対的な関係で決まるのですよね。

それで、チャーリーブラウンとサリー、ルーシーとライナス、
アネムとズズ、など、本人が大好きなキャラクターを使って
家族関係をクイズにするのが最近の我が家のピロートーク。

で、先日もひとしきりそんなクイズをやった後、
最後に、「じゃあ、○○くん(息子)はお母さんの何?」と
訊いてみたら、息子は自信たっぷりににやりと笑って
答えたのでした。

「もちろん、タカラモノだよ」
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元気です

2011年08月01日 | 母もいろいろ忙しい
あまりに長くご無沙汰したため、体調をご心配いただいている
むきもあるかもしれませんが、私も息子も元気にしております。

この春、私は退院後丸4年間お世話になった杖に
ついにお別れを言うことができ、ようやく補助具なしで
歩けるようになりました。
異常に疲れやすい、とか、気温や気圧の急変がちょっと
考えられないくらい体にこたえる、とか、体のあちこちが
(足の小指とか、二の腕の外側とか)なんの脈絡もなく
ピクピク動く(れん縮、というらしいです)とか
様々な症状は残っているものの、最低限の投薬で
安定を保てています。

息子は、中学卒業後、たったの1センチも身長が伸びないまま、
高等部の2年生になりました。
「キミの思春期とか、反抗期とかはどこへ行ったの?」と
問いたいほど、あいかわらず甘えん坊で、繊細で、従順で、
いつも笑顔で、動きがたまらなくアヤシイ自閉青年に育っております。

この1年と少しで彼が大きく変わったのは、とてもいろんなことに
自信を持って取り組むようになった、ということでしょうか。

そもそものきっかけは、昨年12月の誕生会に、初めて大勢の
人の前で、英語の歌を披露したことのようなのですが、
それ以来、何かにつけて、
「僕は高等部のお兄さんだから」
「僕は自力登校生なんだから」
「僕は字を書くのが得意だから」
「僕は英語が得意だから」
と、「自分には〜できる」という意識を口に出すようになりました。

幼児期から、何事にも自信が持てず、くじけやすい彼のために、
ただただ安心感と達成感、自己有能感を育てるべく
心を砕いてきた母が拍子抜けするほど、今の彼は
生き生きと積極的に学校生活を送っています。

授業中の先生の質問や話し合いの席で「はい!はい!」と大きな声で
手を挙げてアピールするなんて、中学時代までの彼を知る
先生方には、びっくりするような光景かも。

理解があり、熱心で、彼の気持ちに寄り添ってくれる担任や、
彼のありのままを暖かく受け入れ、かばったり助けてくれたりした
やさしいクラスメートたちに囲まれていてさえ、

彼の能力が、標準的なそれとは言えない学校に行かせることで
「自分は常に100%頑張らなければついていけない」
「自分はどんなに頑張ってもみんなのようにはできない」と
つらい思いや悲しい思いを知らぬうちにさせていたのかも
しれないなあ、と

少し胸の痛む思いもしています。

恵まれた人間関係を引き寄せる力の強い息子、
今のクラスメートたちも、「よくもまあ、こんな子ばかり」と
感心するほど、みんなが揃って穏やかで、他人の良いところを
素直に認め、弱いところを助け合う、笑顔の絶えない、
気持ちの優しい、いい子ばかりです。

中学時代とはうって変わって、担任の先生と毎日
交換日記のように連絡帳を書きまくり合う、とか、
毎日のように電話で情報交換するとか、がなくなって
やや見えにくくなった感のある学校生活ですが
また折に触れて、皆様にご報告できればと思っています。
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イオンの黄色いレシート〜さらにその後

2011年04月30日 | わたしたちにできること
イオンからいただいた「黄色いレシート」運動の寄付金ですが
これに自分たちの募金も足して、
復興作業のために必要な長靴・作業用手袋・使い捨てマスクを
購入し、被災地にお届けすることが出来ました。

間に入ってくださったのは、ネット上でお知り合いになった
ママさんと、その方からご紹介いただいた、現地宮城県の
NPO法人の代表を務めるママさん。

どちらも、自閉症・発達障碍の子どもを育てる母親であると
共に、その力を地域の自閉症・発達障碍児・者のために
役立てて、児童デイや就労支援など、様々な活動を精力的に
されている方々です。

宮城のNPO法人では、震災直後から現地で積極的に
巡回活動等を行って、関連団体や個人への物的・人的支援を
続けておられ、

そのネットワークを通じて、私たちの送った支援物資は
石巻の特別支援学校の先生方やそこに避難しておられる
障碍児家族の皆さんの手に渡ったようです。

ご自分たちの生活もまだ通常どおりとは行かない中、
本来の事業だけでも忙しいのにも関わらず、
現地ニーズとのマッチングをしてくださったおかげで

先生方や生徒さんも多くが被災し、ご当人やご家族がお亡くなりに
なったケースもあったと聞く、特別支援学校に
間接的にでもお役に立つことが出来て、私たちの気持ちも
無駄にならずにすんだと感謝しています。

TVでは復興の兆しを伝えるニュースが目立ちますが
阪神のときもそうでしたが、最初に立ち上がるのは
道路や鉄道などのインフラ、そして全国的な組織と
資金力を持つ大企業。
地域で、地域の人々と支えあってきた、小さな企業や
商店、そして一瞬で何もかもを失った個人が
再び立ち上がるには、長期にわたる物的・人的支援が
欠かせません。

間に入ってくださった宮城のNPO法人さんも
その例外ではなく、支援事業の火を消さないために
頑張っておられます。

支援金の振込み先は下のとおりですので、是非
ご協力をお願いいたします。

ゆうちょ銀行
記号:18140
番号:26397141
口座名義:特定非営利活動法人みやぎ発達障害サポートネット

しちじゅうしちぎんこう
七十七銀行
なかけちょうしてん
名掛丁支店 普通口座
口座番号:5958962
口座名義:特定非営利活動法人 みやぎ発達障害サポートネット
     理事長 大塚美智子

※なお、みやぎ発達障害サポートネットさんは認定NPOなので
5000円以上の寄付金に対しては所得税控除が受けられるそうです。
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イオンの黄色いレシート〜その後

2011年04月11日 | わたしたちにできること
イオンの本部からは、
「お気持ちは嬉しいが、黄色いレシートは地域の皆さんが
地域の福祉団体を応援したいという気持ちからいただいたものなので、
義援金とは関係なく、受け取って欲しい。もし気持ちがあるなら、
店頭での義援金募金等に協力してほしい」
とのメール回答が来ました。

その後、最寄の登録店舗から、寄付金受け取り関係の
書類が届いたので、店の責任者の方に問い合わせてみました。
すると、やはり、黄色いレシートと義援金は別事業として
やっているものだし、寄付金(イオン用のプリペイドカードで
もらえる)の換金は不可、ということになっているので、
義援金に回す、というのはやはり認められない、とのこと。

その代わり、会の活動として、どこかしかるべき受付先を
探して、そこに寄付するための支援物資を購入するのは
かまわないとのことです。
(通常は、事前に購入申請を出した品目以外は
 原則認められません)

地方公共団体単位で個人や小口の物資を受け付けているところは
少なそうですが、関西の自治体や民間のボランティア団体では
いくつかあるようですし、そういうところをあたって
何かお役に立てる方法を探してみようかと思っています。

支援物資受付情報のサイト↓
お願いタイガー!災害版」
必要物資・支援要求マップ 311help.com
こんな物資を求めています|東北関東大震災・共同支援ネットワーク
東日本大震災 支援物資/ボランティア登録募集
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「イオンの黄色いレシートキャンペーン」登録団体の皆様へ

2011年03月14日 | わたしたちにできること
私の属する地区の自閉症児親の会は、イオンの
「黄色いレシートキャンペーン」の登録団体です。
各種福祉団体、ボランティア団体など、主に地域福祉に
関わる団体が登録団体として、最寄の店舗に
専用ボックスを設置していただけます。


毎月11日には、全国のイオングループの店舗で
黄色いレシートが発行されます。
イオンでお買い物をした方が、そのレシートを
登録団体のボックスに入れてくださると、
当該売り上げ高の1%を
イオンから登録団体に寄贈してくれるというシステムに
なっています。

これはイオングループの社会貢献活動として
行われているもので、2009年度には、その寄贈額は
全国で2億6千万円を超えました。

本年度も、もうすぐ各団体への寄贈が行われるはずです。

そこで、私は今日、イオングループへメールを出しました。

私たちの会への寄贈を辞退すれば、その分を
今回の東北・関東大震災被災地への義援金または
支援物資に換えていただけないか、と。
そうしていただけるのなら、至急、会のメンバーへの
承認をとりつけます、と。

返事はまだいただいていません。
でも、同様の声が多ければ、動いていただけるのでは
ないかと思います。

私たちだって支援はあれば助かる。でも、今は
もっともっと困っている人たちのところへ、
私たちに寄せられた善意を送ってあげて欲しい。

福祉施設や、現地での復興対策のために使ってもらえれば
決して黄色いレシートを投函してくれた人たちを
裏切ることにはならないはずです。

もし、このブログをご覧になっている方で
黄色いレシートの登録団体に属している方、属している
団体をご存知の方、
賛同してくださるならば、同様のメールをイオンに
送ってくださるよう、呼びかけていただけませんか。

イオンという一大企業に動いてもらえれば、
金額の面でも、物資調達の効率の上でも
きっと私たち1人1人が動くより
現地の人たちのお役に立つことと思うのです。

どうぞよろしくお願いします。


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涙の年越しそば

2010年12月31日 | 驕らず焦らず諦めず
とうとう2010年も終わり。
愛用のPCが壊れたり、父が亡くなったり、他にもあれこれと
なんだかここ数年で一番波乱万丈の1年だったような気がします。

父の喪中なので、今年は年賀状の用意をすることはありませんが
それ以外はごく普通の年末でした。
大晦日、近所のスーパーの閉店間際の値下げを狙って買い物をし、
帰ってから年越しそばを家族で食べるのもいつものこと。

8時すぎに大きな海老天入りのおそばを作ると、息子が
「年越しそばだ〜。お母さん、これ、12月31日の特別の
 食べ物なんだよね〜」
「うん、そうだよ。おそばみたいに、長〜い間頑張れますように、
 っていうお願いの食べ物だね」
と答えて、いつもどおり食べ始め…

と、3口ほど食べた息子が、急に隣りの部屋へ駆けこんでいきます。
様子を見に行くと、体を丸くして、泣いてる…?
「どうしたの?熱すぎた?」
「ううん」
「なにか嫌なことあったの?」
「なんでもない」
「泣いてるんだから、なんでもないことないね。
 どうして泣きたくなっちゃったのかな」
「なんでもないよ」

ゆるりゆるりの問答の末、やっと引き出せた答えは
「おそばは苦手」
はあああああああ〜〜〜〜っ?

キミ、これまでずーーっと、大晦日にはご機嫌で
年越しそばを食べてきたじゃない?
夏にはざるそばだって「おいしい」って食べたじゃない?

でも、何度訊いても「おそばは苦手。おいしくない」との答え。
うーむ。今日の味もこれまでと全く変わらない味付けだし…
これまで気づかなかったおそばの味に、今日突然気がついた、と
いうことなのでしょうか?
それとも成長とともに味覚が変わってきた?

結局、ぽろぽろと涙を流して「おそばは苦手」と言う息子に、
「じゃあ、来年からは『年越しうどん』にするね」と言って
やっと立ち直っていただきました。

一緒に暮らして16年、彼の好き嫌いはもうきっちり
把握していると思っていたのですが、まだこんなびっくりが
出てくるとは…

なにはともあれ、来年からは我が家から「年越しそば」が
姿を消すことだけは決まったようです。
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「星の国から孫ふたり」

2010年12月12日 | 母もいろいろ忙しい
縁あって、映画「星の国から孫ふたり」上映会と同映画の
槙坪夛津子監督の講演会の実行委員会に加わることになりました。

この話が決まってから、慌てて門野晴子さんの原作を
読んだのですが、これが面白い!
カリフォルニア州バークレーでアメリカ人の夫と共に
学生相手の下宿屋を営む娘さんのところに生まれた孫が
2人とも自閉症。

門野さんの著作を知らず、「孫ふたり」のタイトルを見ただけで
「かわいそうな障碍児の孫を一生懸命理解しようとする
 やさしい努力家のおばあさんのお涙ものがたり」だと
思い込んで、今まで手にしなかったことを後悔するほど、

ぴりっと辛口で、愉快痛快。
孫たちの「怪獣ぶり」を余すところなく描ききり、それを
「面白いやつらだなあ〜」とある種第三者的に
距離をもって、観察するなんて、「自閉症」を身近に感じる
機会も少なく、旧時代の偏見をどっぷり染み込まされて
生きてこられたはずの、この世代の人にもできるんだ〜、
なんて、

門野さんが聞いたら怒られるような、変な感心の仕方を
してしまいました。
それに、アメリカンとジャパニーズのミックスである
エリックくんの発語が出てくると、その独特な英日語の
ちゃんぽんぶりが、わが息子の昔の状態とうり二つ。

日々の生活の大変さと、将来が見えない不安とで、
詳細に記録を残していなかったことを後悔している今となっては
私の記憶に残っているだけの、その愉快なちゃんぽんぶりが
息子の状態像とぴったり重なって、かな〜り面白く読めました。

さて、この原作が、どんな映画になるのかしら、と
楽しみにしていたのですが、舞台は日本になっているし、
おばあさんは原作よりもすこーし舌鋒が鈍って(やわらかく)
いるもののの、

自閉症を克服しようとか、障碍に負けないで努力する、という
形でなく、お涙ちょうだいもなく、
「自閉症とともに生きる」人たちの姿を、からっとした
空気感で描いた、秀作にできあがっていました。

自閉症啓発という目的もあってか、説明的な台詞も多く、
エンターテインメントとはさすがに言えませんが、
学校や公的機関などで、自閉症を含む発達障碍への理解を
深めてもらうには、とっても良い作品だと思います。

自らが関節リュウマチほか、数多くの難病に冒され、
電動車いすの上からメガホンを取られた、という槙坪監督とは

難病つながり、アメリカでの自閉症療育つながりで
会場準備中や休憩中もすっかりお話がはずんでしまい、
個人的にもとっても楽しい経験をさせていただきました。

今回、実行委員会を立ち上げたのは、高等特別支援学校の
コーディネーター、M先生(なんか、私の周りにはM先生が
多いなあ)だったのですが、実行委員会に加わらないかと
声をかけていただいたことに感謝しています。
準備活動を通して、いろいろな立場で動いている心ある人たちと
お知り合いになれたのも、今後の財産になりそうです。

この映画、学校での上映会などにも貸し出しが可能だそうです。
お近くで上映会のある人は是非。⇒公式ブログ

映画『星の国から孫ふたり〜「自閉症」児の贈りもの〜』予告篇


当日の様子はこちら

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