45歳♡中年遍路♡房総道中顛末記

~千葉県内の日蓮宗577寺院を徒歩で勝手に巡礼~

番外編@0809

2017-08-09 23:13:40 | 日記
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千葉県内の日蓮宗577寺院マップ←ココをクリックするとGoogle my mapが開きます。
※随時巡礼が終わった寺院の色を変えていきますので、私の巡礼足跡がリアルタイムでわかります。
黄色いマーカーが巡礼済の寺院になります。
【参考URL】日蓮宗ポータルサイト
『44歳中年遍路四国道中顛末記』←はコチラ!
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中野ブラザーズ公式ホームページ
一般社団法人中野ブラザーズタップダンス連盟
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中野ブラザーズのタップ靴を作っていた新橋の靴屋に行く。

50年以上前から中野ブラザーズのタップ靴は、新橋の靴屋の小林さんに作ってもらっていた。

今のように、安価な量販店はなかった頃だ。

小林さんだって、タップ靴なんて作ったことはなかったろう。

中野ブラザーズが有名になると、一般の人も中野ブラザーズと同じタップくれたを作ってくれとオーダーしたらしいが、小林さんは「うちは、中野ブラザーズの靴しかつくらない」と言って断っていたらしい。

1960年代、ハリウッドスターのジョージ チャキリスが来日した際、タップ靴が故障してしまい、中野の紹介で小林さんのところに靴の修理に来たとき、完璧に修理をして差し上げた。

あの、ウエストサイド物語のベルナルド役で一世を風靡したジョージ チャキリスが大感激して、タップ靴を小林さんに発注したという。

中野ブラザーズのタップ靴しか作らないと言っていた小林さんも、中野の紹介のあのジョージ チャキリスのオーダーなら、断る理由がない。

靴職人の小林さんは、タップ靴に関しては、生涯中野ブラザーズとジョージ チャキリスしか作らなかったということだ。

結局、その靴屋の小林さんは、晩年になり針を刺す力がなくなってしまい、思うような靴が作れなくなって廃業。

息子も跡を継がず。

今日は、その小林さんの足跡を探しに行ったのであるが、なかなか良い証言は得られず。
後はテレビ局のリサーチ力に期待するしかないね。

だけど、いままでタップ靴なんて作ったことも、ましてや見たこともなかったろうに、小林さんはよく作ったなあと思う。

職人として、頼まれたからにはなんとしても作ってやろうじゃないか!っていう気概があったに違いない。

イタリアの靴なんかを、バラバラに分解したりしてね。

でも、日本人の探究心って素晴らしいじゃない。

結果、中野先生が35年もの間、舞台で踊っても縫い目が解けることもなく、今でも現役の靴を使っていられるのだ。

この度、番組の企画で、タップ靴を作ってくださる花田優一さんも、30年40年、その人の足の一部になって使ってくれるような靴を作ることをモットーにしているという。

先生はたくさん靴を持っているが、履きやすい靴はヘビーローテーションをする。

あんまり見ない靴は、きっとあまりフィットしていないんだろうと思う。

今度、35年ぶりに作る靴を、中野先生はホントに楽しみにしている。

24時間テレビ‼️

先生も私も楽しみで仕方ない‼️
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