ちーママとスペクトラムな息子との日記ヽ(*’-^*)。 気が滅入りそう!どうすればいい?!

絵が得意な小学6年生。転校して2年。
学校や息子に振り回されてやけっばちな
ちーママはデローザで立ち直り中!

武蔵野東学園の考え方④

2017年06月10日 | 退院後の日々
知能はあるのに、凹凸の凸を捨てて、凹の底上げをする。

スペクトラムな息子の最も苦手とする集団行動を要求され、
一般よりある知能・勉強意欲を捨て、
親が将来を決める。
説明会ではっきりおっしゃっていたように、
「子どもの判断ではなく、親の判断で入学という視点」で。

親の判断・・・いつかナラシカ氏と話したことがある
息子本人の人生を親が判断し続けて行くのか?って。

まだ、息子は自分の人生をどう生きるのか決めていない。もちろん決めないまま模索していくのかもしれない。
その未知数の将来を今、親が決めてしまう・・・勉強に適した時期、中学・高校の学校での勉強を放棄してしまうことを決めるのはためらわれるのです。そう、凸部分を捨ててしまうこと。


説明会の中で、発達障害という言葉は一度も出てきませんでした。
やはり、元々自閉症の子のための教育なのです。発達障害にありがちな凹凸のある特性、集団行動の苦手さに対しての取り組みは見られない。
買い物の練習など日常生活の練習などはスペクトラムな息子にとって有益ではない。だって出来るから。

自閉症と発達障害は違うんじゃないかと、それに対しての教育方法も違って然りではないかと。

もちろん、コミュニケーションの取り方などのソーシャルスキルの部分は自閉症と同じように苦手とする。
得意なものを無視し、どうしても苦手なものでもやらせる。なぜって、社会に出て最も大事なところだから。


私たち両親が割り切って、息子の集団行動の苦手さを何としてでも克服させる、知能・得意分野などの可能性を一切捨てる覚悟が決まれば、すんなり進める。


息子が重い自閉症で、知能的にも期待できず、本人の意思云々など強い気持ちもなく、生活するための術、電車に乗ったり買い物などが困難であれば、
自閉症教育に長けた、お手本にしたい素晴らしい健常児と一緒の学校で、是非学ばせたいと思うでしょう。

入ってしまえば、それなりに息子は楽しく過ごすことも出来るとも思います。
ただ、息子が息子なりの可能性というものを持っていると思うと、たとえそれが成功という形を収めることがなくても摘むことが出来ないのです。

駄目なら駄目でも構わない。可能性を摘んで後悔して・・・いえ、これが自分の事なら納得できる、けれど子どもの人生を親の考えで決めてしまうことの後悔はしたくないのです。

親として、可能性、道を広げてやりたい。親のいいと思うレールには乗せたくない。
ちーママ自分自身が何も成し遂げなかったけれど、落ちこぼれた人生かもしれないけれど、自由という中で自分が決めた人生を歩めたことに親には感謝しているのです。何も押し付けず私に選択させてくれた。

この自由の選択を息子から奪いたくない。こんな息子ですが、彼の意思と彼なりの可能性があると思うから。

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受験
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