注文していた本がようやく届いた。
買ったのはイギリスのネット書店だが、本はアメリカから
船に乗ってくるというややこしいことで、約40日かかった。
本の値段より送料のほうが高い。
それでも合計で2000円足らずだから、とても安いと思う。
日本で買うのに比べて、梱包は非常に簡素で、
エアキャップどころか、ビニール袋にも入っていない。
密着式の薄い封筒みたいなものにじかに入れてあるだけ。
本というのは、表紙を閉じた状態なら、けっこう丈夫なのだ。
といっても、これは1966年に発行された古本で、
もともとカバーすらない状態なのだけれど。
図書館の廃棄本らしく、分類番号のシールもそのままで、
サウスダコタの大学の名前がある。
ひらくと、表紙の裏に、貸出票をいれるポケットが貼ってあり、
図書館のにおいがなんとも懐かしい。
日付スタンプはひとつも押されていない。
この本が棚にある間、借りた人は誰もいなかったのだろうか。
話は8歳の少年の思い出から始まる。
郊外に住む一家の父親が、ある日とつぜん、
牝牛を飼おうと言い出した。
父は週給40ドルのローカル新聞の記者で、
家は小さかったが、敷地はわりと広かったらしい。
母の反対を押し切って、牝牛がやってきた。
農場育ちの父は、慣れた手つきでミルクをしぼってみせ、
子どもたちは大喜びだった。
数日後に、嵐がやってきた。
激しい雷のひとつが裏庭に落ち、牝牛を直撃した。
牝牛はやけどを負って横たわり、ぴくりとも動かない。
誰の目にも死んだものと思われた。
「肉屋を呼ばなくちゃ」と母は言った。
せめてお肉を食べなきゃもったいないわよ、と。
このあたりは当時のアメリカの主婦らしい感覚である。
(時は1900年代の初め、日本でいえば明治の末頃ですね)
ところが、父は頑として聞き入れない。それどころか、
そのままにしておく、誰もさわっちゃいけない、と言う。
おじいさんの持っていた馬が、こんなふうに雷に打たれたとき、
おじいさんは、丸一日そこに寝かせておいた。
そうしたらすっかり元気になったんだ、と。
「裏庭に置いとくんですか? 死んだ牛を?」
母はあきれかえり、それでも父の言うことには逆らわず、
子どもたちにも牛に近づくことを禁じた。
二日めの夕方、仕事から帰った父が、大声で家族を呼んだ。
母と子どもたちが、裏庭をのぞくと、そこには
何ごともなかったように立って草を食んでいる牛がいた。
結局、牝牛は、のちに都合で手放すことになるのだが、
この奇妙な出来事は、息子の心に強く焼きついた。
父さんは、そんなふうに、神に愛された幸運の持ち主だった。
60年後に息子はそう書く。
父さんは、そうなることを知っていたし、それがそうなっただけのこと。
父さんの一生は穏やかな海で、どんな嵐も魔法のヘリコプターで
らくらくと越えていくことができたのだ、と。
しかし、息子の人生は、そうではなかった。
波は高く、ヘリコプターもなかった。
新聞記者から作家として一躍有名になった父の、
圧倒的なエネルギーと才能と名声と冨の陰で、
おなじく作家の道を歩む息子は、精神のバランスを崩し、壊れていく。
それは、また別の本につづられている苦い物語だ。
著者のお母さまの若かりし頃。
横顔がきれい。
ハルジオンとヒメジョオンは、花も名も似ているので
どっちがどっちだか、まぎらわしく、ついひとまとめに
「なんとかジオン系」としてやりすごしていた。
最近、ようやく正しい判別法がわかったので、
「これはどっちかな」と興味を持って向き合えるようになった。
知るということは、このように、大切。
このあたりで、いま咲いているのは、ほぼ例外なくハルジオン。
交代してこれから咲き出すのがヒメジョオンらしい。
(でも、こんなに似た花なのに、どうして名前は
「ジオン」「ジョオン」と微妙に違うのか、それがまだ謎)
では、草むら学に詳しい真鈴先生に、見分け方を教えていただきましょう。

「春はやく咲くハルジオン ヒメはあとからごゆるりと」
ハルジオンは、茎がスカスカの軽量構造だから、
早くのびて咲くんだけど、茎をつまむと、ぺしょっとなっちゃうのよ。
茎の中まで、しっかりつまっているのが、ヒメジョオン。
おぼえてね。
本日のイリュージョン(・・?)
えーと、これは、うちの車ですの。
自宅から20メートルほど西の空き地にとめてあるのですが、
朝起きたら、なぜか、東側の山の木の上にのっかっておりました。
合成画像でも、CGでもありません。
窓から外を見ると、実際に、このように見えるんです。
ティラノサウルスに放り投げられた、のではなくて・・
竜巻にとばされた、のでもなくて・・
単なるミラー効果、窓ガラスに映っているだけ、らしいのですが、
この位置から振り向いても、壁かドアしかなく、
実物の車は、別の部屋からしか見えない。
どういう仕組みでここにマボロシの車が出現するのか、
(そして、なぜ朝だけなのか)
いくら考えてもわからん閑猫。
うーむ、物理は苦手だ。
月があかるい。
とても大きくて、とてもあかるい。
まともに見上げるとまぶしすぎるくらいだ。
真夜中で、雲ひとつなく、月だけがぽっかりと空の真ん中にある。
外に出ると、地面に影がくっきりと落ちる。
街路灯も人家のあかりもまったくないが、
どこでもすたすたと不安なく歩けるくらいのあかるさ。
こんなことはめったにない。
風もほとんどないし、寒くもないので、外をふらふら歩く。
湯上りのパジャマ姿だけど、見ているのはお月さんだけだから、いいか。
なぁんて気持ちがいいんでしょう。
「おかあさん猫」がめずらしく夜遊びをしているので、
黒猫ズも茶々姫もはしゃいで駆け回っている。
人が見たら、幽霊、あるいは夢遊病患者のように見えるかもしれない。
「なってみたいもの」はいろいろある。
幽霊は、そのひとつ。
絶対なりたくないものもいろいろある。
宇宙飛行士、外科医、大富豪などね。
・・なんてことを考えながら、スーパームーン、堪能いたしました。
(本日のタイトルはThe Policeの1979年のヒット曲。
これ好きだったなあ。
あ、画像は単なるイメージです・・笑)
以下、おまけ。
夢遊病といえば、「目をつぶって両手を前に出して歩く人」の
イメージがある。
わたしは実例を目撃したことがないけれど、
ほんとうにそうなんだろうか。
これは昔のリトル・ゴールデン・ブックスの
「My Word Book」の中にある絵。
「ing」のつく言葉を集めたページで、「walking」は
屋根の上を目をつぶって歩くパジャマ少年の絵になっている。
でも、これは、よーく考えると、おかしいですよね。
両手を前に出すのは、何かにぶつかりたくないからだ。
いきなり頭からぶつかると、ショックもダメージも大きい。
このへんに家具があるはずだとか、人がいそうだとか、
予測した上で、それを回避するために用心して手を出すのだ。
わたしも、あかりをつけずに室内を移動するときは、必ずそうする。
手を出しているということは、ちゃんと意識がある証拠で、
つまり、眠っているふりをしているだけ、ということじゃないかなあ。
しかし、この少年は、屋根の上を歩いている。
いくら両手を前に出しても、足元の危険は回避できない。
これはいわゆる夢遊病とは別の問題のような気がする。
こういうブラックジョークっぽい絵というのは、妙に記憶に残る。
わたしがこのページで覚えたのは、「walking」だけであった。
南天の新芽は紅い。
いまだけの、この色。

スギナのキラキラ。

小さい草の穂もキラキラ。

シンプルこの上なし。

ブルーベリーの葉の上。びっくりするほど大きな水玉!

かくれんぼしている兄弟かな?

山桑の花か、実か・・境目がわかりにくいけれど、
たぶん実だろう。
イキモノでもありナマモノでもある。
たくさんたまったので賞味期限内に在庫一掃。
ま〜た水玉かい、と思われる方はどうぞスルーしてくださいませ。

「奥様、お手をどうぞ」な感じ?

真っ赤なチューリップも、これくらいなら、なんとか。

上下に水玉。きわめてレアな一点もの。
下のがやや小ぶりで完全な球体にならなかったのが惜しいっ。

これは裏側の水玉が透けて見えているところ・・
なんですが、説明しなきゃわからないところが悔しい(・・笑)

大根の花。雨降ってます。

八重桜。最近の中ではいちばんのお気に入り。
家に帰ると、訪ねてきた人がいたらしく、名刺が置いてある。
それは花束のこともあり、常緑樹の冠のこともあり、
黄色いクルミの葉や木片に鉛筆で名前が書いてあることもある。
(H.D.ソロー「ウォルデン」より)
こういう文章を読むと、松ぼっくりのひとつか、ふたつ、
わざわざ置きに行ってみたく、なりません?
ヘンリー君がウォルデン湖畔で考えごとにふけっていた当時、
カメラというのはもっぱらスタジオで肖像写真を撮るもので、
もちろんモノクロだし、専門技術も必要だし、すごく時間もかかった。
散歩に出かけるヘンリー君に、もしデジタルカメラを持たせたら、
どんなものを撮ってきただろうかと、想像する。
カメラは、お外でみつけたきれいなものを
持ち帰るための道具、あるいは、いれものの一種。
りこちゃんに赤い革のストラップをつけ、首から下げられるようにした。
これで足場の悪い場所でも両手が使える!
(色を赤にしたのは、万一置き忘れても見つけられるように・・)
そういうわけで、ちょびっと行動範囲が広がった結果、
本日の「お持ち帰り品」は以下のとおり。

ヤマツツジ。

シロダモ(たぶん・・)の若葉。
金銀のやわらかい絹毛におおわれて、
なでると猫の耳みたい。

ハナイカダ。
葉っぱの上に、ぽちっと花がのっています。
これがそのまま黒い丸い実になる。
とてもふしぎ。

シロバナハンショウヅル。
実の時期に見かけて、ボタンヅルと思いこんでいたら、花が違った。
やっと名前をつきとめたので、忘れないように書いておこう。

がんばるわらび君、水玉の曲芸にも挑戦!

朴の木の葉。
開いたばかりの若葉でも、さすがに大きくて入りきれず。
そして、松ぼっくり。
このあたりで松の木はめずらしい。
尾根に1本だけ生えているのはクロマツだろうか。
これはカメラでなくエプロンのポケットに5つ詰めこんで帰る。
お召し上がりですか、お持ち帰りですか?






























