ケミストの日常

大学化学系教員の日々考えること。
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神戸大特許捏造の件

2006-05-02 18:16:17 | 不祥事
元記事はこちら。
神戸大教授、データねつ造し特許出願…指導で取り下げ
 神戸大工学部の大前伸夫教授(59)が、ダイヤモンドを利用した鉄切断工具の開発について特許を出願する際、実際には実験していないデータを記載していたことがわかった。

 神大の鈴木正幸副学長らが27日、記者会見し、「ねつ造と言われても仕方ない。遺憾だ」と陳謝した。

 大前教授は大学側の指導で24日に出願を取り下げており、神大は調査結果の報告を受け、処分を含めて対応を決める。

 大前教授らは特許の出願番号を盛り込んで「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)」の助成事業に採択され、2005年から2年間で9000万円の助成金が決まっていたという。NEDOは「事実確認中だが、補助金適正化法に触れるのであれば返還を求めたい」としている。

 神大によると、大前教授は04年4月、学内で特許出願業務を担当する部局を通じ、研究者2人と連名で、鉄を高精度で切断できるダイヤモンド工具の製造方法を開発したとして特許出願の手続きを始めた。昨年11月に出願内容が公報などで公開され、今年3月、連名で出願していた研究者の1人が工学部に「実験データに無理な内容がある」と指摘したという。

 大前教授は大学側の調査に対し、特許の出願書類にはダイヤモンドの性質を変えるためにレーザーを照射する実験を8通り行ったと記載したが、実際は3通りしか行っていないと認め、「将来的な予測値だった」と説明したという。

 大前教授は「特許は、アイデア段階で出していいと聞いていた。(データが)公開されることはあり得ると考えたが、問題があれば取り下げればいいと思っていた。出願取り下げの決定は、甘んじて受けたい」と話した。
(読売新聞) - 4月28日0時23分更新


この件、こうした処分を当然として取り上げている方と、処分は行き過ぎと批判している方があるようです。
特許というものをどうとらえるか、これは、大学が特許出願を求められるようになり、企業が企業の論理で特許戦略を行っていた土壌と、アカデミックな土壌の齟齬というものがありますので、難しい問題でもあります。
原理主義的な原則論で行けば、処分は当然なのですが、現状の企業における特許戦略とのバランスで見た場合、どうなるのか。



例えばこちらのブログでは大前氏に対して痛烈な批判に加えてます。

確かに特許は、実際にモノが出来ずともアイディアの段階で出願出来ますが、捏造データに基づき出願するなどもっての他です。科学者・研究者としての良心はないのでしょうか、工学倫理にもとります。既に4500万円が交付されているとのこと、全額返金すべきです。ましてや、このような人が国立大学法人に身を置くなどということは許せないことです。国の制度の根幹にかかわることです。

それでも、経歴をあげつらって、ここまで書くのはやり過ぎでしょう。

助手時代がかなり長いです。「艱難汝を玉にす」と言いますが、玉にならずに摩滅してしまったのでしょうか? 苦労のし過ぎがこういう不届き者を生んだのでしょうか? 大阪大学ではそのまま教授になることが出来ませんでしたが、ある意味で、こういう体質を見抜いていたのでしょうか?

こういった皮肉交じりの揶揄は回りまわって自分に戻ってくる可能性は大。



一方で、makkuriさんのブログでは

こんな事で大学教授が評判を落としてしまうのを、とても可愛そうだと思います。

とかなり同情的。



このケース「特許」と「学術論文」の違いとも言うべきものを認識していないと難しい反面、特許をもとにNEDOの助成を受けていたという問題があります。
特許における戦略についてはmakkuriさんのブログにありますから、特になぞることはしませんが、このケースで注目すべきはどういった「捏造」が行われていたか。



水商売ウォッチングの掲示板での議論も参考になります。


特許法には、刑事罰規定があって、その197条に
「詐欺の行為により特許を受けた者には、懲役・罰金刑」とされています。
この「詐欺の行為」には、データねつ造が含まれると解釈されています(中山編・注解特許法)
「審査請求をしなければ、特許を受けられないのだから、自発的に取下げをしなくても問題なし」
と考えることも出来ますが、昨今言われるコンプライアンス重視・クリーンハンド明示の価値観との合わせ技で、
「出願下げ」になったのではないかと、私は考えています。


と書かれている方もいらっしゃいます。

また実際に元特許をたどって言及している方もいらっしゃいます。

#水商売ウォッチングの掲示板の議論、改めて豊富な知識で裏づけされた方がいらっしゃるな、と。
#付け焼刃で適当なこと書いたら、デタラメって笑われそう。



ということで、私も特許庁の特許電子図書館公報テキスト検索を行ってみました。
「検索項目選択」で「発明者」を選び、「検索キーワード」に「大前伸夫」といれて検索すると4件ヒット。

1. 特開2005-324319 ダイヤモンド部材とその製造方法
2. 特開2005-213104 高配向カーボンナノチューブの生成方法、及び高配向カーボンナノチューブの生成に適した装置。
3. 特開2004-079704 半導体製造装置
4. 特開2003-130780 三次元形状計測装置、三次元形状計測方法、及び三次元形状走査ユニット


ダイヤモンドのキーワードが入るのは最初の「特開2005-324319」だけですので、問題の特許が絞れます。

要約を見てみると、
【解決手段】 ダイヤモンド1の表面に薄膜2が形成され
たダイヤモンド部材である。この薄膜は次の(A)または(
B)のいずれかで構成する。その薄膜の厚さを薄膜構成原
子の数で1~100原子とする。
 (A)周期律表4a族元素の炭化物、窒化物、炭窒化物の
少なくとも一種
 (B)フッ素または酸素
 ダイヤモンド表面に上記の薄膜を形成することで、ダ
イヤモンドと被削材との直接接触を回避または抑制する
ことができる。そのため、本発明部材を切削工具に適用
した場合、ダイヤモンドで鉄系材料を高精度に加工する
ことができる。


「鉄を高精度で切断できるダイヤモンド工具の製造方法を開発」という記事通りですのでビンゴと言っていいでしょう。

実施例には8通りの試料についての実験が表にまとめられており、試料の1~3はTiCNで膜厚を変えたもの、4,5はTiN+FとTiC+F、6,7はF、8は比較のための薄膜無しのものです。
試験結果では試料1~5のTiを含む試料の特性が最もよく、「被削材溶着なし、磨耗認められず」となっていて、6,7は「磨耗少々あり」、比較の8では「被削材溶着、磨耗あり」です。
図3(切削試験後の各試料の最大逃げ面摩耗幅を示すグラフである。)を見てみるとF,Oとnormalの3種類の棒グラフ。
図4(切削試験後の各試料の切刃の顕微鏡写真を示し、( A )は薄膜のないもの、( B )は酸素で薄膜を形成したもの、( C )はフッ素で薄膜を形成したものである。)を見てみると、図3と同じ試料(本文中にもそのように記載有)。

特許の出願書類にはダイヤモンドの性質を変えるためにレーザーを照射する実験を8通り行ったと記載したが、実際は3通りしか行っていないと認め、「将来的な予測値だった」と説明した

という記事から類推するに、8試料のうち5試料についてが予測値ということになるのですが、本文をみると、図3,4に出てくる酸素で薄膜を形成したものについて試料9となっています。
整理すると
表+図 試料、7,8
表のみ 試料、1~6
図のみ 試料、9

で、少なくとも写真があるというのは実験を行った証拠ということで、
A.「8通り行った」が何らかの錯誤で実は9通りだとすると、表にまとめられた8試料のうちの6試料が実際に実験されなかった
B.「8通り行った」を前提に考えると、試料9は除外されていると考えられ、表にまとめられた8試料のうちの5試料が実際に実験されなかった

さて、実際に実験されなかったのはどの試料だ?というと、

実験をしていないのが6試料の場合、A-1、1~6全てを実験して無い
実験をしていないのが5試料の場合、B-1、1~5を実験して無い
実験をしていないのが5試料の場合、B-2、1~5のうちの四つおよび6を実験して無い

(22:00追加)
> レーザーを照射する実験を8通り行った
> 実際は3通りしか行っていない
というのは、比較対照の資料8以外に3通りの実験を行ったと考えるのが自然ですね。
というわけで、A-1が除外されて、B-1かB-2となります。


B-2なら権利を広げるために充分に予想しうる範囲で実施例を予測してつけたしたということで、発明の価値に変化は無いでしょう。
ただし、B-2なら内部告発などにはならないようにも思われ、また、チャンピオンの結果について図に示さないというのも非常に不自然。

A-1かB-1なら、チャンピオンデータが全て予測値ということで、所謂デタラメ特許ということになるでしょう。



NEDOでどんな助成を受けたのか?ということでNEDOでも検索をかけてみましたがそれらしいものは見つけられず。
この「予測値」が高評価されてそうした実績に裏づけされた研究に予算がついた、ということだとすると、NEDOで問題にされるのは仕方がないでしょうね。
NEDOで問題にされれば、大学も知らん顔はできないでしょう。

もっとも、実際には
連名で出願していた研究者の1人が工学部に「実験データに無理な内容がある」と指摘した
のが発端ですから、大学が問題を公表しNEDOがコメントをしたということのようで、大学が独自に問題と判断したということのようですが。



それでは、企業でNEDOの助成を受けていて、基の特許が今回みたいな予測でかかれたものだった場合、今回のような問題になりうるか?
企業では、知財教育の過程で、「特許」とは「そういうもの」と教わっているはずで、内部告発になることはまずないでしょうね。
内部告発が無ければ、権利成立後もしくは他の特許との関係で権利関係の揉め事にでもならない限り、明るみに出ることは無いと思われ。

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3 コメント

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Unknown (Pecan)
2006-05-03 01:03:18
はじめまして。企業知財部に勤務しています。

TBさせていただきました。大変興味深い記事だと思いました。

アイデアも出願可能であるという従来の慣習からすると今回の事件はあれほど糾弾されるべき内容ではないと感じています。ただ、NEDO助成金の不正受給などという点に絡めてしまうと問題が複雑になってしまいますが…。
Unknown (chem@u)
2006-05-03 01:59:04
こんにちは。

TB&コメントありがとうございます。

実施例がFの薄層をつけるところだけにして、CとFeの反応を妨げるための緻密な膜であれば何でもOKみたいな作文にしていたら何の問題もなかったのでしょうね。

Unknown (Pecan)
2006-05-03 10:46:16
おっしゃるとおりで、実施例には実際のデータのみを記載し、他の実験をしなかった構成については、「○○としても良い。その理由は□□だからである」のように書いておけば、それが推測であっても問題ないと思います。



米国出願の場合は、権利行使に当たって裁判になることを想定して、そういった落とし穴を作らないように現在形と過去形の区別等には細心の注意を払います。それに対して、日本出願の実務では忘れられがちな点であるように思います。



ところで、仕事上で何人かの先生方と共同で出願したことがありますが、明細書の細かい内容に口出しされる方はあまりおらず、“よくわからないけど、そんなこともあるかもしれませんね”というような反応を示される方が多いです。今回の事件以降はもう少し内容のチェックが厳しくなるかもしれません。

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