どうせ地球のチリだからな。

生き方を変えたから、ブログも変えようと思った。
企画屋の日記です。

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最後ではなく、節目なのだろう。

2012-03-05 18:00:30 | Weblog
「早くやめたいんだ。」
とずっと言い続けて一年が経とうとしています。

いつだって、やめてよかった。
そんなにイヤイヤなら、やめりゃいいんだ。

そう思っていたけれど、無理してでも続けなくちゃいけない雰囲気になってしまった。
「もう、引っ込みつかないんだ。ははは。」
と大将と話したこともあった。

実際、次の週の家の人がこういう風に困っているという話はずっと聞きたくなかったなぁ。
元々、人助けには無縁でした。
と公言し、取材を受けたって「ボランティアとかはしたことありませんでした。」と言っていた。

昨日で、毎週末の活動というものは終わり、俺達は少しずつ前のように土日を過ごせるように努力をします。
まだ胸がザワつくし、dogwoodのことも、Smile for birthdayの事もあります。
会社でもなんでもそうだけど【目的】が変わって来ているように思えて、少し嫌だった。

今後はね、要望があれば行く。
というスタンスで、副団長の二人とトシユキ、サカタやナベケン。
レギュラーで動ける人達だけでゲリラ活動は続けようと思います。

そして、またあの時の俺達のように、困りながらもなんとか動こうとする方々を手伝ってあげられたらいいなぁと思っています。

解決なんて出来ないんだから、ささやかで構わない。

一人になってでも、死ぬまで何かを続けようと思っています。
これまで毎週末参加して下さって。本当にありがとうございました。

節目としての【最後】のご報告です。

すごい人数。
過去最高の参加者だったのかな?
人数が多いとか、どうだっていいんだけどね。
やれることを、ただ、やるのみ。


地面を見ると、心が疲れちゃうけど、空はいつだってキレイで変わらなかったね。


もう少しだ、もう少しだと自分に言い聞かせながら、子ども達にナニカを見せたくて俺達は頑張って来ました。


あっという間だったとも感じるし、3月って遠い未来のようにも感じながら過ごした。


それぞれが得意、不得意を考えて、特に指示もせず、大人としての自発性に任せてきた。
「まとめる」という目標があるからまとまらないという結果は失敗となるが、
「まとめない」としていると、何故かまとまるものだ。まとまってなくても、失敗じゃないから強さもある。


マネージャー的な動きを一生懸命しようとする人がいる。
けれど、嫌われてしまう。
「あいつ、うっせぇなぁ。」
みたいに。
「なんで調子のってんだ?」
となってしまう。
俺達は対等でありたかった。
対等だからこそ、ケンカも成り立つ。
その後に仲直りが出来ないようであれば、それはもうガキでしかない。


本気でふざける気力なんて、どこにもなかったし、今だってメールやコメントでベコベコにへこむ。


それでも全力でやり抜いた、という「自分の中の実績」は自信とまではいかないけれど、
学びと気付きの一年になったと思う。
ものすごく疲れたけど。


なにも讃えられるようなことはしていない。
感情を出来る限り抑えて、「気に障らない程度にふざけよう」から始まった俺達は、
徐々にエスカレートしていく団員の心境を理解できぬまま「黙る」ことにした。


ぶっ潰れそうな時も、タケチンという副団長を務め抜いた親友が側にいてくれた。
殴る蹴るの喧嘩も度々あった。
それでも、俺達は仲がいい。


発送を二人でやっていた頃が遠い昔みたいだね。


ムカついて仕方がねぇ時も、雄大はソッとメールをくれたりした。
「カスなんて関係ねぇ。了ちゃん。大好き!」
俺もお前が大好き。
調子にも乗らず、休むことなく「行こうか。」と言えば必ず君は来てくれる。


やがて地元の方々からの応援が俺を奮い立たせてくれて、
俺達が側にいるはずだったのに、逆に彼等が支えてくれたっけ。
どこにだって、俺達の未来そのものの子ども達がいて、
純粋に愛情を求める犬や猫がいた。


腰がメキメキと音を立てようが、タオルとマスクは最高の恰好だったと思う。
表情も感情も、何もかもを隠せるから。


カケガエのない友達はそのまま単純に絆は深まり、
「キャンプに行こうね。」
という約束ばかりが増えていく。
そんな何でもない日が当たり前だと、どうして今まで気付かなかったのかを恨んだりした。
約束ができる。
この幸せを感じながら生きなくちゃ。


「かっこいいじゃろう?」
子持ちのただのオッサンたちは、自分の子ども達に恥をかかせたくなくてね。
何が出来るか分からねぇから、ただやり続けることを約束した。


強い男になりたくて、演じきる。
それしか出来なくて、冷静に状況を報告しながら「リーダー」を続ける。
経営や経済をなんとかしなきゃという考えは元々あった。
それでも、まずは「心の第一歩」が肝心だと俺は考えた。
根拠なんてない。
間違ってる場合もあるし、全員に当てはまることもなかろう。
それでも、死んだ皆は帰って来ないし、もう二度とケンカも出来ない。
ご飯を一緒に食べることも、二度とない。
できることを、売名だのナンダのと言われ続けながら一年間。
一年間で終わるはずもないさ。
でも、続け方、考え方に関しては変化・変遷を恐れていると後手に回ってしまう。
なんだって、いつだってそうだった。


我武者羅な動きだけでは、継続すら出来なくなってしまう。
継続した考えを持つために、スコップ団は一度休止の必要性があったのだ。


淋しくもなんともない。
惜しくもない。

なぜならば、そのような事がそもそもの目的ではないから。

「君の人生に、スコップ持って誰かの為にって1ページがあっても、俺はかっこいいと思うよ。」
と純粋に思っていた。
だから、参加すればいいだけの「土俵」を作れば良かった。
こまけぇ事は、どうだっていいんだ。
あの状況下ではね。

でも、今はもう違う。
整えて行かなくちゃいけない。

その幕引きは、誰がするって俺しかいない。
苦渋でも何でもない決断だった。
俺の息子達が堂々と出来るような事をしよう。
アホな親父のせいで肩身が狭ぇなんて事のないように。
ゆきえさんの娘たちが笑ってられる社会にしよう。
しなっちの義父ちゃんが、こうして笑ってくれることを続けよう。
「副団長二人に囲まれて、これで俺も団長じゃない??」
「その通りだよ。誰だって出来るんだ。」


皆さんに感謝と、こいつらに感謝。
俺の残りの人生なんて、どれくらいあるかは分からない。
明日、死ぬかもしれない。
それでも俺は、一生、忘れない。
応援、支持してくれた全国のスコップ団の皆も、その先の方々も。

もっと、もっと先に俺は用がある。
ダンプのように、黙って強い男になりたい。


じいちゃんやばあちゃんが誇りに思うような孫でありたい。


知らない人が困ってたら、全力で助けに行く気持ちを持ち続けたい。




自分の子どもだけじゃなく、知った子ども達に胸を張って、堂々としていたい。


上げ足を取ったり、ネットでしかモノを言えないような卑怯者にはなりたくない。


動物を蹴っ飛ばすような社会はクソだと思い続けたい。


してない約束を守りに行くような男でいたい。


俺達の周りには、いっぱいやることに溢れてる。
それをまずは片づけよう。
仕事かもしれないし、
「愛してる」
って照れずに伝える事かもしれない。
俺にはそれは分からない。

何でもない日が特別だったと、後で思ったって、もう遅い。

それを忘れないようにしよう。

俺達が、スコップ団でした。
短い間でしたが、これまでのような活動はもう少しで終わります。

体制を整えて、続けますが、これまでのような形態での活動は終わり。
応援、声援、ありがとうございました。

今後、何をしていくかは、3/11に真剣に考えようと思います。

俺達が、スコップ団でした。
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81 コメント

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ありがとう。ほんとうに。 (micamaco)
2012-03-05 18:20:04
団長を演じ続けてくれてありがとう。
引っ込みがつかない・・・だけだったかもしれないけれど、引っ込まないでいてくれてありがとう。

スコップ団になって、
色々なものを見ることができた。
スコップ団になって、
色々なことを聞くことができた。
スコップ団になって、
すごくすごく感じることができた。

お疲れさまでした。
ありがとう。本当に。


日曜日、海岸に立つのは県外からの私ですら、覚悟のいる事だった。県内の皆さんの覚悟はそれ以上だったことでしょう。お天気が良くて、美しい空と海。美しくキラキラと輝いているのが、何故だかとても哀しかった。海の近くで生まれ育った私にとって、海は大好き。でもそれと同時に恐怖の対象でもあった。津波被害の歴史もあるし、海と共に生きるしかない場所でしたから。自分のふるさとがそうなっていたかもしれない景色に立つというのは、恐怖というより『覚悟』でした。実家の地方でする様に、波打ち際に立ち、手を合わせてお祈りしていたら、寄せる波が足首くらいまできて、その水の冷たさにココロが凍りました。


県外から足を運ぶ者たちにとって、東北での時間は「非日常」で、自分の都合のつくときにお手伝いに行けばよかった。でも、県内の人たちにとっては、瓦礫の山すらも「日常」で、都合のよいときだけ行けばいいというものでもなかったでしょう。週末の活動も任意ではあっても義務の様でもあったことでしょう。365日を区切りに一時活動休止とは言っても、区切れるものではないでしょう。日常なのですから。

でも、県外からの私にとっても、いつの頃からか、東北での時間が「日常」になりました。あたり前のことになりました。「友達の手伝いのようなもの」と言っていたけれど、いまでは本当に「友達の手伝い」になりました。団長だって私にとっては大切な人です(勝手にそう思っています)。だから、地元の事は地元のヤツらが・・・というのもよぉくわかりますが、これからも東京の友達をよんでくださいね。呼ばれなくても嗅ぎつけて行っちゃうかもしれないけれど・・・。

「なくしたくないのに、仕事や家族や大好きな人たちを、大切なものをなくしてしまった人たちのお手伝いに行くのだから、アナタは簡単に仕事や家族を手放してはいけない。」そう言われたことがあります。確かにその通り。その事を東北でも教えてもらいました。大切なもの、大好きなひと、両の手にしっかりと抱えたまま、これからも行きます。そして、大切なもの、大好きな人には、『スコップ団』『スコップ団のみんな』も入っていますから。

スコップ団では、「男は男らしく、女は女らしく」みたいなことを、思い出しました。重いものに手をかければ、自然に男性が手を貸してくれたり、細かい事は女性が率先して「やります。」と代わったり、、、「男は男らしく、女は女らしく」というか「私は私らしく。私にできること。」ですね。

これからどのように進んでいくかはまだわかりませんが、私らしくいければいいな。と。

スコップ団になって、
たくさんの素敵な人に出会うことができた。
スコップ団になって、
たくさんの素敵なことを経験できた。
スコップ団になって、
大切なことにたくさん気づいた。

ありがとう。本当に。

これからもよろしくお願い致します。
皆さん、 (ちゃぽてん。)
2012-03-05 18:29:34
ほんの少しだけでも、関わらせてくれてありがとう。

本当にありがとう。
Unknown (Unknown)
2012-03-05 18:58:29
まだ終わりじゃないけど。
本当に本当にお疲れ様でした。

これからも陰ながらSTAND BYさせていただきます。
Unknown (はこ)
2012-03-05 19:06:58
団長さんやスコップ団の方に対する気持ちをどう表現していいのか、分かりません
言葉にはできない、何というのか・・・上手くいえないのですが・・・・ただ、あなた方の存在を知ることができてよかった
あなた方と同じ時の中にいることができてよかった
あなた方と同じ日本人でよかった
スコップ団は誇りです
私もかっこよく、生きていきたいです
スコップ団の皆さん、本当に大好きです
ありがとう (ちょび)
2012-03-05 19:16:46
わたしの故郷を。スクってくれて。
もう小さなコメントなんかいらないかもしんないけど。
でも、なんでだろ、知らない人のために、未来のためにうごけるひとは、そんなにおおくはいないんだよ。わたしの目が悪いのかもね。
でも。いないと思うなら、なればいい。
なれるようにがんばればいい。
子どもが自然にああなりたいと思える大人になればいい。
現状を嘆くだけのかっこ悪い愚か者にはならないと誓う。

先に生きると書いて先生なら、学校にいるだけが先生じゃない。だれだって先生になれるんだ。肩書きや見た目に関係なく。
そんな当たり前のことに気づかされたのはスコップ団での活動で、でした。
わたしは、正直スコップ団員を無条件に讃えるみたいな雰囲気に違和感があった。違うだろ。って。
スコップ団が、なくて済んだのならそれが1番だったのに。このひとたちはそんな目先のこと目指してるんじゃないだろうにって。

大事な人が亡くなった、震災なんてなかったならよかったのに。クソ!ばか!
でも過去が変えられないなら、いまから学び、できるなら社会をもっとよくしていくしかない。
スコップ団はいつまでも、スコップもてみもにぎらなくても、これからもわたしの心のどこかにずっと、住まわせ続けます。




Unknown (tomo)
2012-03-05 19:23:16
一年前のあの日から、ずっと泣いていたような気がします。

あまりの状況に、あまりの惨状に、取り返しのつかない現実に、胸がつまった。
そしてそのまま、月日だけが経っていった。
一年が過ぎ日本はさらに混沌となった。
“何を信じたらいいのか”
“人は残酷なのか?”そう思った。

でもスコップ団は、
“人は信じられる”ということを、ガツン!と魂に刻んでくれた。

ありがとう。

約束を守ってくれてありがとう。
していない約束を守ってくれてありがとう。
いつも正直でいてくれてありがとう。
もう一度人を信じさせてくれてありがとう。
スコップ団がいてくれたこと、本当にありがとう。

私たちはとても小さな存在なのかもしれない。
でも、
心は無限に大きいことを思い出させてくれてありがとうございました。
Unknown (Unknown)
2012-03-05 19:34:53
一年間本当にお疲れ様でした。
『スコップ団』かっこよかったよ。

ここのページの笑顔が素敵。

あなたたちが「スコップ団」だったこと、
忘れません。
ごめんなさい。 (micamaco)
2012-03-05 19:53:25
再びのコメントごめんなさい。

スコップ団の団長さん
平了さん
団長を演じている平了さん

どれも本当。
どれもアナタでした。

それは副団長のおふたりも、
スコップ団の副団長さん
雄大さん、タケチンさん

どれも本当。
どれもホンモノだった。


でも、勝手にまわりが盛り上がって
団長や副団長を作り上げたり
スコップ団を作り上げたりしていたのかも。
当人が理解できないほどに・・・

それが苦しめていたのかもしれませんね。

もっと自然に
もっとささやかに
もっとゆるやかに
もっと思うままに

了さんや、タケチンさん、雄大さんの
思うままに、みなさんらしく、
活動ができるといいのでしょうね。

でも、先ほどのコメントに残しましたが、
私にとって、東北行きはもはや日常。
大変な事ではないのです。

了さんたちが、奔走していた事を思えば、
そして最近ではお礼を言う為だけに
日本全国へ足を延ばしたりもしていて、
それに比べれば全く問題ないことなのです。

だから、人手が必要な時には
また呼びかけて下さいね。
『ヘイ!スコップ団!』『集合!』ってね。

その呼びかけは、スコップ団としてでも、
了さんとしてでも、どっちでも構わない。

スコップ団としてでも、友人としてでも、
まぁ、とにかく行きますよ。

・・・って、こういうのがうざくて、
負担なのかもしれないけれどね。

ごめんんさい。色々と。
ありがとう。たっくさん。

いつか、飲みにでも行きましょう。
そんな約束をして下さい。
お疲れさまでした! (永渕弘子)
2012-03-05 19:53:50
もうすぐ、花火ですね!
ネットで見ますね(^.^)b

それから、お花いっぱいの卒業式(^^)v

終わったらまずは休んで、またやりたい事をやりたいようにやってください!

いろんな人や違う考え方もあると思いますが、何かあったら、私は応援しますよぉ!!
o(^∇^o)(o^∇^)o
スコップ団の皆さまへ (snowmonster)
2012-03-05 20:15:25
宮城を助けに来てくれてありがとうございました。
大震災から1ヵ月…2ヵ月…と、月日だけが過ぎていった。
朝なのに目の前はいつも真っ暗闇だった。
そんなとき出会ったスコップ団。
暗闇にいる私の心の扉を叩いて、こっちへおいでと声をかけてくれてありがとう。
誰一人知らない私は誰とも話すことなく作業を続けた。これでいいのか…不安なときトシユキさんが何度も声をかけてくれた。本当に心強かった。
何かに引っ掛かって転けたとき雄大副団長が手をつかんで引っ張りあげてくれた。
目の前の光景に気持ちを持っていかれそうなとき変な顔(たぶんわざとじゃなかった)をして現実に引き戻してくれたタケチン。
どんなときも先頭を歩き、常に一番前に居続けた団長。
握手したその手のひらはあまりにも小さかった。
この手がたくさんのモノを引っ張り続けてきたのかと思ったら、何だか不自然に感じた。
縁の下の力持ちがたくさんいるスコップ団。
矢面に立ちながら1年間仲間を守り、犠牲になった者の、生きる者の、全ての魂に最善を尽くしてくれてありがとう。


私はこれからもずっと愛しい人へ愛していると伝え続けます。
もう孤独のなかで頑張り続けることはない。
一緒に生きると決めたから。
いつもあなたの傍にいるよと…


子供たちの未来がいつの時代も輝き続けますように!

胸を張って生きていこう!

スコップ団の皆さまありがとう。
どうかご無事で…

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