ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

次々に起こる奇跡3(ダーリンとの結婚)

2008-07-12 20:58:03 | 奇跡

クイントエッセンスでひとつ、私の身に起こった奇跡があります。


えー、またダーリンのことで恐縮なんですけどぉ・・


ダーリンと付き合い始めた頃、私はどうやって親に

彼のことを紹介しようか、と悩みました。

ただ付き合っていくだけなら親に正式に紹介するも

へったくれもないんでしょうけ
ど、なにせ会ってすぐにダーリンとは

結婚を意識しましたから親に紹介しておかないわけにもいきません。



前にも書いたことがありますが、母親は男の人の話なんて!という人です。

普通なら母娘、まずは母親に話して味方につけてから共同戦線をはって、

父親に言う、というステップを考える人が多いんでしょうが、

うちの場合、母親は「たとえ母と娘であっても、女としての

気持ちはわかりあえるとこ、あるよね」なんてとんでもありませんから。

そこが逆にもっともネックだといっていい部分ですから。

自分も「女として」という部分を見せないようにしているのか、

全く消し去ろうとしているのかとにかく否定的な人ですから、

子供にもそんなところは許しません。

  

 考えた末に二人そろっているところで言う、ということにしました。

「あのさー、結婚を前提に付き合って欲しい、って言われている人がいるんだけど。」

というと、父親はすぐに「ほぉー!いいやないか。付き合えよ。」といいました。

今までにもそういうことがあったときにそういう反応だったので、

父親はまあ、こんなものだろうとは思っていたんです。

 ここまではね。


だけど、「付き合えよ」とは言ったものの「結婚は別物」と言うんじゃないか、

とはうすうす思っていたんです。

そこらへんがうちの親のよくわからないところなんですけど。

「結婚を前提に付き合って・・」といっているんですから、それで

「付き合う、大いに結構」となって付き合っていれば、

付き合っているうちにわかっきたとっても問題な人間性、ということでも

浮上してこないかぎり、そのまま結婚する、という意味だよ、

ということがわかっていないんです。


 案の定、このときはこれですんなりだったんですけど、

このあと、

「お前ぐらいの年になっていまさら結婚しなくったっていいんじゃないか。」

と言ってきました。

結婚には当人たちの問題だけじゃなくていろいろなものがついて回るから

面倒なことを避けるためにもふたりでいつまでも仲良くしていれば

いいんじゃないか、というわけです。

 でも、私の意志ははじめから固かったんです。

「結婚」というきちんとした形をとらなくては本当の幸せはないだろう、

と思っていたんです。


苦労しなきゃならないこともあるかもしれない。


それ以上にうれしくて楽しいこともあるだろう。


それら全部が正式に結婚して初めて得られるものだろう、という気がしていました。

紙っぺらの効力とか世間の目とかいう話ではありません。



私のなかでの「ケジメ」という話です。




 父親は「とりあえず、一緒に暮らしてみたらどうだ?」といいました。



 こういうところは、妙にさばけたところがあるんです。

「籍も入れずに男女が一緒に暮らすなんて許さん」

とは言わないんですねー。

 話がそれますが、うちの両親は地元で昔から一杯飲み屋っていうか、

赤ちょうちんっていうか、居酒屋を経営していますので、夜は遅くなりました。

どうしてもこどもも宵っ張りになります。

私は小学生の頃から親が店を閉めて、一杯やりながらみている

「イレブンPM」という番組をよく一緒に見ていました。(古っ!) 

現代の基準からしたら全然たいしたことないですが、当時としては

ときどきエッチな画面もある、っていうこどもにしては衝撃的な番組でした。


 その番組であるとき

「性の先進国スウェーデンでは、娘が彼氏を家に連れてきたとき、親が娘のベッドサイドにコンドームを用意しておいてやるのです。」

というようなドキュメンタリーを放送しました。

そのとき父親は一言、「そりゃ、ええこったわな。理にかなっとる。」

と言いました。

するな、って言ったってしちゃう年齢なら頭ごなしに押さえつけるのではなく、

せめて妊娠は防がせるというほうが合理的だ、というわけです。



 うちの父親にとって「合理的」というのは自分の行動をきめるときの

大きな指針ですからね。

「合理的」に動ければそれにこしたことはないけれど、なかなか感情が

それにともなっていかない、という人は世の中にゴマンといます。

私もときどきB型のそんな父についていけません。



「合理的」が「血の通っていない」とか

「冷たい」というように見えるときもあります。


本人は全然そんな風には思っていないので意見が違うとき

「なんで~?」と無邪気に聞いてきます。

そのとき

「なんとなくまだ感情がついていけない」と答えることはできませんでした。

そう言ったとしたら、「はあ~?おまえって器がちっちゃえな」

と言われそうな気がして。

そんなこともあって、

私はあまり人前で感情を表にださないようにしてきたかもしれませんね。



 また、あるときは父親とふたりで

「小さな恋のメロディ」という映画をみにいきました。

たしか私は小学4年生か5年生くらいで、

さすがに同級生同士とかひとりで映画をみにいく勇気はなかったころです。

でもこの「小さな恋のメロディ」という映画は

マーク・レスターとトレーシー・ハイド(古っう~!)

という今のジャニーズなんてメじゃないような

美しい美少年と美少女が出演する、当時とても評判の映画でぜひみたかったのです。




 当時、映画はロードショーでも2本立てが当たり前でした。

そして、この「小さな恋のメロディ」とのカップリングが

「豊かなるめざめ」という性教育の映画だったのです。

欧米の日本よりはるかにすすんだ性教育の実態がそこにはありました。

私は目を真ん丸くしてみていました。

すると、年端のいかぬ5~10歳くらいのこどもたちに

「赤ちゃんはどこから来るか知っている?」

とレポーターが尋ねているシーンがありました。

「こうのとりが運んでくるの」とか可愛い答えのなかに

10歳にもならないくらいのこまっしゃくれた少年が

冷めた様子で一言「膣」と答えました。

私は心のなかで「やっぱり知らないんだ。」と思いました。

当時の私は母親のおなかに残る妊娠線のあとをみて、

赤ちゃんはおなかをかっさばいて出てくるものだ、と思っていたからです。

すると場内からくすくす笑いとともに

「よく知ってるぅ~」という声が聞こえてきました。

「え?あれが正解なの?チツってなに?」

と頭のなかを不思議の文字でいっぱいにしながら父親にきくと

「帰ったら辞典でひいてみよう。」といいました。

そして家族全員でジャポニカと首っぴきになりながら

「膣」の項目を読んだことを覚えています。






 いったい、我が家は進んでいるのか・・

しかし、わたしはこの両親のまやかしに気付いていました。

これは、一般常識だから彼らはいかにもあけっぴろげで

理解のある親のふりをしていられるが、

私が世間の年齢よりも早く彼氏ができただの、妊娠しちゃった、

だのということになればそれはそれは上を下への大騒ぎになるであろうことが。

理解ある親の仮面などすぐはがれるであろうことが。





 ま、幸いにというか、私的には悲しいことに、

というか、

そんなことは私の身には起こらなかったわけですけれど。




話がずいぶん長くそれてしまいましたが、私は父親の

「とりあえず、一緒に暮らしてみたらどうか」

の提案をありがたくすぐに受け入れることにさせていただきました。

彼らにしてみれば「とりあえず」に力点をおきたい考えだったかもしれませんが、

私としては「一緒に暮らしてみたら」に力点をおいた

提案に受け取らせていただいた次第です。





ダーリンに話すとすぐさまその次の日にはいろいろな物件情報をもってきました。



 
私たちはその中の一軒にすぐ決め、一緒に暮らし始めました。

この頃は花奴もポン太もまだ生きていたので、

その世話をするためにも私は毎日朝晩実家に

顔をださなくてはならなかったため、おのずと

実家から近いところの物件にしか住めない、

という物理的な制約がありましたから親にしても

「こどもが出て行った」という感が少なかったかもしれません。

そんな「こうするしか仕方がなかった」ということが

とんとん拍子にコトを進めることができた一端をになっているのだとしたら、

これも何か目に見えない法則が働いていたとしか思えません。



結婚は二人にとって日のよいときにしようね、と決めていたので、

一緒に暮らし始めてから4ヶ月後くらいになりました。





その間、私は毎日、クイントエッセンスの「パラスアテナ」を使っていました。



080712_210002 先生にパラスアテナを毎日、かなえたい願いとともに使うと夢が実現する、

と聞いていたからです。

「これを毎日使って実際に自分の夢がかなった、って言う人がうちの生徒さんにもみ

えるのよ。夜寝る前がとくに効くみたい。」とも。


もう、私は「それはどうして?」とは尋ねません。

すぐさまただ実行にうつしました。






かつてオーラソーマの創始者であるヴィッキー・ウォールは

「そのボトルの中身はなんですか?」

と尋ねた男性に対して、にっこり笑って

「あなたは自分の奥さんにしたい女が目の前にあらわれたとき、

まず『あなたを組成しているものは何ですか?』と尋ねますか?とにかく惹かれた、

それでいいじゃありませんか」と。




今の私はまだ、もしそう聞かれたら成分をお答えした上で、

「でも・・」と上記のセリフを続けたいかな~ 

パラスアテナは15種類あるクイントエッセンスのなかでも

とくに華やかな女性らしい香りがするような気がします。






080712_205901 毎日毎日私はパラスアテナをせっせと塗りながら、

「ダーリンとのことを誰にも反対されませんように」

と祈っていました。

でもあるときから、セリフを変えました。

「みんなに祝福されて結婚できますように」と。

「誰にも反対されませんように」という否定的なことを

いったん出しておいてからそれをくつがえす、というような願い事は

やはりよくないだろう、と思ったのです。

的の外に一生懸命弓矢を放っているようなことをしているんじゃないか、と。


願い事とは「思考」です。

「思考」はイメージできるものほど現実化しやすいはずです。

イメージするときに「反対されませんように」では

いったん「反対されている」イメージが出てきてしまいます。

それより「みんなに祝福されている」イメージが出てきたほうが

良いに決まっています。






「思考が現実化」する、という話はまたの機会にお話したいな、と思っています。






いよいよ、籍をいれようね、という日がまじかに迫ったある日。

私は意を決して親に電話を入れ、

「私たち、そろそろ籍いれるから。」と告げました。

反対されたって関係ない、そのときのセリフも用意していました。

「私はなるべくなら祝福してもらいたいと思っただけで、50にも手が届くような

年齢の、いい年をした子供の結婚を親に反対されたからってやめはしないよ。」

と。

しかし、親の返事は気味が悪いくらいあっさりしたものでした。

「ああ、そう。わかった。」と一言だけ。

   これは、パラスアテナの効果があったんだろうか・・

私は「皆に祝福され・・」と願ったんだけどなあ・・

ま、最初のときの願いごとワードのとおり、反対だけはされなかったので

よしとしなければいけないかな。

 



080712_205902 いまだに、親からは「おめでとう」とも「よかったね」

とも何もポジティブな言葉はいただけません。

しかし、小さい頃からの親の言動をみるかぎり、

あれはうちの親にしてみれば、精一杯の祝福だったんだろうな、

と思うようにしています。




  「考え直してみろ」というような翻意を促すような言葉は

ひとこともなかったし、それどころか

「一緒に住んでみたら」

というひょっとしたら結果は違うものをのぞんでいたかもしれないにせよ

前進を薦めるような言葉があっただけで、

ここまで私たちは順調に結婚できたということは、

パラスアテナのおかげだとしか思えないんです。







今でも私は夜寝る前には必ずパラスアテナを使っています。

どんな願い事してるんだ?ですか?

決まってるじゃありませんか!

もっともっとオーラソーマを知ってもらいたい、そのためのフィールドを私に与えてください、ですよ。


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