元・副会長のCinema Days

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「ムーンライト」

2017-04-17 06:31:38 | 映画の感想(ま行)

 (原題:MOONLIGHT )胸を締め付けられるほどの切なさと、甘やかな感慨が横溢する、まさに珠玉のような映画だ。オスカー受賞作がすべて優れた映画だとは言えないが、この低予算映画に大賞を与えた映画芸術科学アカデミーの会員達に、今回ばかりは敬意を払いたい。

 マイアミの貧困地域で暮らす小学生のシャロンは、内気なイジメられっ子だ。家庭ではジャンキーで売春している母親ポーラから迷惑がられるばかりで、居場所が無い。そんな彼に優しく接してくれたのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアンとその妻テレサ、そして唯一の友達であるケヴィンだけだった。時が流れてシャロンは高校生になるが、フアンはすでに亡く、学校でも孤立していた。ケヴィンには友情以上のものを抱くようになるが、極悪な不良どもがそんな思いを踏みにじる。ついに堪忍袋の緒が切れたシャロンは、思い切った行動に出る。

 30代になった彼はアトランタに引っ越し、あれだけ嫌っていた麻薬の売人になっていた。ある日、長らく音信不通だったケヴィンから電話が掛かってくる。シャロンはマイアミに戻り、再会を果たす。

 出てくるのは黒人ばかりで、いずれも恵まれない生活を送っている。当然のことながら、白人や富裕層からは蔑まれる対象だ。しかも主人公はゲイである。本作はマイノリティの、そのまた少数派に属する人間の屈託に満ちた日々を追うが、かなり高次元での普遍性を獲得している。もちろんそれは、作者の内面描写が卓越しているからに他ならない。

 おそらく、順風満帆に人生を渡ってきた者にはこの映画の良さは十分理解できないだろう。しかし、人に言えない悩みを抱え、周囲との軋轢によって幾度もアイデンティティが危機に曝され、もがき苦しみながら生きてきた人間(程度の差こそあれ、我々の多くがそうだ)にとって、本作は胸に迫るものがある。

 劣悪な環境に抗いつつも、結局はそれを乗り越えることが出来ない凡夫であり、孤独に押しつぶされそうになりそうな主人公の最後の拠り所は、いくらかでも心を通わせることが出来た何人かの者達である。言い換えれば、たった一人でもいいから理解してくれる者を見つけること、あるいはそういう者がどこかに存在していると信じること、それさえ出来れば人生は無駄ではないのだ。ネガティヴなモチーフを積み重ねつつも、実は底抜けにポジティヴな視点を確保しているという、本作の巧妙な仕掛けには感服するしかない。

 バリー・ジェンキンスの演出力は強靱で、登場人物の動かし方はもとより、3部構成の仕切りの巧みさ等に非凡なものを感じる。シャロンを演じる3人の俳優(トレバンテ・ローズ、アシュトン・サンダース、ジャハール・ジェローム)をはじめ、アカデミー助演男優賞を獲得したマハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、ジャネール・モネイ等、キャストは皆素晴らしい。そしてジェームズ・ラクストンのカメラによる映像は見事のひとことだ。また音楽の使い方は突出して優れている。本年度を代表する米国の秀作だ。

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