元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「オーケストラ!」

2010-05-14 06:37:52 | 映画の感想(あ行)

 (原題:Le concert)コメディだと思っていたら、終盤には感動大作の様相を呈してくる。まさに一粒で二度おいしい娯楽編だ。ロシア・ボリショイ劇場で掃除夫をしている主人公は、実は旧ソ連時代はボリショイ管弦楽団の常任指揮者だった。ユダヤ人音楽家を追放する政府方針に異を唱えたことで左遷させられ、何とソ連崩壊後も復職できない。そんな彼が支配人室で手に入れたFAX用紙には、パリのシャトレ劇場からのコンサート依頼が載っていた。彼はこれを盗み出すと、昔の仲間を集めてボリショイ管に成りすまし、パリ公演をデッチ上げようとする。

 前半のメンバー集めのくだりは、かつては一流オケで腕を振るっていた連中が運転手だの闇屋だのといった生臭い職業に身をやつしていて、しかもそれらが板に付いてしまい、ミュージシャンとしての矜持がどこかに飛んでしまっているのが悲しくも可笑しい。

 すったもんだの挙げ句にパリに乗り込むが、ほとんどのメンバーが公演のリハーサルそっちのけで夜遊びとアルバイト(?)に精を出すといういい加減さ。その前に、かつて主人公を追放した元KGBの職員をマネージャーとして引き込むという荒技まで披露しているのだが、そのことも霞んでしまうほどの乱行ぶりだ(爆)。

 パリ公演では売れっ子の若手女流ヴァイオン奏者をソリストとして指名し、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲をメイン・プログラムとして設定するが、彼女と主人公、そして彼女の女性マネージャーとの間に因縁話が存在することを匂わせる。面白いのはそれが上手い具合に観客をミスリードしている点で、ラデュ・ミヘイレアニュ監督は多重構造の仕掛けを終わり近くになるまで明かさずに映画を仕上げている。このあたりは感心した。

 さらに、ネタが割れそうになる寸前に実演シーンが始まるのも巧妙な持って行き方だ。旧ソ連時代に何があったのか、主人公と女流ヴァイオリニストとの真の関係とは何か、そして、どうしてチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲なのか。それらが演奏と共に示されるクライマックスは素晴らしい。ある意味野村芳太郎監督の「砂の器」を思い起こさせる、音楽とドラマとの見事なコラボレーションだ。正直、個人的にはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はそれほど好きではない。だが、少なくとも映画を観ている間はこの曲が至高のものに思えてくる。

 主役のアレクセイ・グシュコフは食えないキャラクターを好演。かつての“恋人”に扮したミュウ=ミュウもベテランらしい余裕の演技だ。ヒロイン役のメラニー・ロランは、タランティーノ監督の「イングロリアス・バスターズ」の時とは比べものにならないほど魅力的だ。この点、やはり今のハリウッドはヨーロッパの女優の活かし方をよく分かっていないと思う。とにかく音楽好きはもちろん、コメディや歴史ものが好きな観客も満足させる、なかなかの快作である。

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