元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「母なる証明」

2009-11-22 20:39:00 | 映画の感想(は行)

 (英題:MOTHER)脚本に難がある。韓国の地方都市を舞台に、無実の罪で逮捕された知恵遅れの息子を救うため母親が奔走するという本作、その前提からしてクエスチョンマークが付く。

 だいたいこの事件、警察が目撃者の話をちゃんと聞いていれば直ちに解決したのではないか。それも“目撃者に何か事情があって真相を明かすのは憚られた”という設定でもない。そもそも証人が取り調べの際に事実を喋らない道理が全くないのだ。見たままを述べればよく、目撃者がそれを忘れていたという筋書きもあり得ない。加えて、警察が被害者の身辺を洗い出したような形跡が見当たらない。素人のオバサンが真相究明に乗り出して初めてその不透明な背景が浮き彫りになるというのは、いくら何でも無理筋である。

 そして終盤近くに起きる“第二の事件”の扱いも噴飯ものだ。いかに一見“事故”に思われようと、警察は現場検証ぐらいするだろう。当然ながら遺留品をチェックするはずだし、犠牲者の死因についても詳しく調べられるはずだ。ところが本作にはそれが全然無い。その“全然無い”ことを前振りにしてラストのオチが成り立っているのだから、開いた口がふさがらない。

 監督のポン・ジュノは以前「殺人の追憶」でも警察の不甲斐なさを描いたが、今回は呆れることに“警察が無能であること”を周知の事実としてドラマを組み立てている。韓国の警察というのはこんなにも信用出来ないのか? そうではあるまい。事件が起こった際に警察が目撃者に事情を尋ねるということは、民主主義国であろうとなかろうと世界中どの国でも共通しているのではないか。ましてや一応法治国家である韓国に限って“それが無い”というのは考えられないのだ。この映画の作者はキチンとしたミステリーのプロットも組み立てられないまま、漫然と撮影に臨んでしまったとしか思えない。

 母親を演じるキム・ヘジャと、兵役後5年ぶりの映画出演となるウォンビンは確かに好演。特にキム・ヘジャが原野の真ん中で踊るファーストシーンには引き込まれる。しかし、この二人が出演していることでだいたいの筋書きが分かってしまうのだ。予告編なんてほとんどネタバレだろう。いずれにしても、作劇の説得力を完全にネグレクトして、手練れのキャストが織りなす“情念の世界”に丸投げしてしまった時点で、本作の失敗は確約されたと言える。

 ただし撮影と音楽だけは素晴らしい。ホン・クンピョのカメラによる登場人物の心情を象徴するかのような画面構築は見事だし、ギター独奏によるメイン・テーマをはじめとするイ・ビョンウのスコアは、本年度屈指のサウンド・デザインである。だから“観る価値が全くない”とは言えない。ただし映画自体の出来に期待するのは間違いだ。

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