元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「家族の庭」

2012-01-17 06:31:35 | 映画の感想(か行)
 (原題:Another Year)マイク・リー監督の“覚悟”が垣間見える、超辛口の人間ドラマだ。有り体に言ってしまえば、本作のテーマは“偽善的なコミュニケーションに対する糾弾”なのだが、絶妙の語り口により、真に説得力のあるものへと昇華されている。必見の秀作と言って良い。

 ロンドンの郊外に住む地質学者のトムと医学カウンセラーのジェリーは、仲の良い初老の夫婦だ。人当たりもよく、食事会などでは彼らを慕って友人達や近所の者が入れ替わり立ち替わり集まってくる。しかし、一見“いい人”であるこの夫婦は、実はとんでもない食わせ者であることが徐々に明らかになってくる。

 冒頭、ジェリーが鬱傾向の女性患者をカウンセリングする場面があるが、決して真摯とは言えない通り一遍の対応だ。少なくとも相手のことを本当に思い遣っている様子はない。この後の展開は紹介されないが、ジェリーが担当している限りこの患者が快癒することはないと思わせる。夫のトムも愛想は良いが、仕事仲間との距離感を真に縮める努力をしているようには見えない。



 要するにこの夫婦は“外見上は親しみやすい”というだけのキャラクターなのだ。しかも、彼ら自身はそのことを認識していない。問題のある友人達を気に懸けるような素振りは見せるのだが、本当はまったく心配していない。自ら“いい人”を無意識的に演じて満足しているだけである。

 そのことが表面化するのが、彼らが友人として長い間付き合っているジェリーの同僚メアリーとのやり取りだ。メアリーは若い頃に結婚に失敗し、それがトラウマになっているせいか中年に達した今でも独身。しかもアルコールに溺れておかしなことばかり口走る。誰がどう見たってこれは“病気”なのだが、医療のプロであるはずのジェリーは、およそ20年間この“症状”を目の当たりにしながら、何の手も打たない。

 またトムの幼なじみであるケンは、仕事も家庭も上手くいかずに深酒と過食に明け暮れる毎日を送っている。しかしトムは彼に対して陽気に昔話を交わすだけで、すぐさま更正施設への入所が必要なケンを放置する有様だ。

 さらに二人は妻を亡くして独りぼっちになったトムの兄ロニーを家に招くが、あまり構っているようにも見えない。それどころか、孤独に悩む彼に対しては“要するに、楽しそうにすれば良いんだろう”とばかりに、弁護士である息子のジョーが連れてきた婚約者ケイティを交えて賑やかに食卓を囲み、自分たちだけで盛り上がるあたりは、ハッキリ言って殺意さえ覚えてしまった。



 まさに“未必の故意”のような所業であり、こんな夫婦には近付きたくもないと思うのだが、考えてみれば我々のほとんどにこのジェリーとトムのような夜郎自大的な心理があることにも愕然とする。親切心で相手のことを思っているようでいて、実は相手が最も必要としているアドバイスを、それが十分可能であるにも関わらず実行しない。単なる同情を寄せることによって勝手に自己完結してしまう。

 ジェリーとトムは知識階級であり、明らかにメアリーやロニーよりヒエラルキーの上の位置にいる。結局は“上から目線”なのだ。二人が丹念に手入れする市民菜園は小綺麗だが、ここでは表面を取り繕うだけの欺瞞の象徴でしかない。

 そしてドラスティックな終盤の処理。老境に入ったリー監督の人間観察の厳しさには、まさに粛然とするしかない。ジム・ブロードベントやレスリー・マンヴィル、ルース・シーンといったキャストは地味だが、皆渾身の演技を見せる。ディック・ポープのカメラやゲイリー・ヤーションによる音楽も要チェックだ。

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