元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「シュウシュウの季節」

2017-06-02 06:31:55 | 映画の感想(さ行)
 (原題:Xiu Xiu )98年作品。第35回金馬奨(台湾アカデミー賞)で作品賞をはじめ主要7部門の受賞を果たした話題作だったが、個人的には大して面白いシャシンとは思えなかった。一番の敗因は題材を“お客様的傍観者視点”で捉えていることだ。本作は舞台が中国で主なキャスト・スタッフも中国人だが、実はアメリカ資本で撮られている。違和感を覚えたのは、そのあたりに原因があるのかもしれない。

 文化大革命も末期に差し掛かった1975年。四川省・成都に住む仕立て屋の娘シュウシュウは、都市の少年少女に労働を学ばせるという“下放政策”によって、チベットに近い軍経営の牧場に送られる。現地の男ラオジンから仕事の手順を教わりながら、半年間の滞在期間が終わるのを待ちわびていた。ところが期限が過ぎても軍から迎えは来ない。実は文化大革命は終わっており、その膨大な残務処理に追われていた軍当局は、辺境の地に移送した若者たちのことなど構う余裕は無かったのだ。



 望郷の念が募るばかりの彼女は“帰れるように手配してやる”と言う行きずりの怪しげな男に身体を与えるが、男は翌日にはどこかに消えてしまった。それをきっかけに、同じようなセリフで彼女に言い寄る男たちがシュウシュウのテントに押し寄せるようになる。見かねたラオジンは彼女を支えようとするが、事態は悪化するばかりであった。

 女優ジョアン・チェンの監督デビュー作だが、彼女の世代では文化大革命時には子供だったはずて、加えて彼女はほとんどアメリカで生活している。これでたとえば謝晋監督の「芙蓉鎮」(86年)みたいな当事者意識バリバリの切迫した作品が撮れるわけがない。映画では“下放政策”の理不尽さやそれに翻弄されるヒロイン、中国政府の弾圧の対象になったチベット人など、いかにもそれらしい素材を配しているものの、悲劇の本当の原因が何であるのか描き切れていない(文革が悪いというのは誰でも言える)。

 チベット男の行動についても釈然としない部分が多い。その代わりに大々的に描かれるのはエゲツないセックスシーンであり、言うなれば単なる“残酷ショー”である。一昔前の、エキセントリックさを強調した女流監督特有の悪い癖が出ているようで、正直言って不快だった。まあ、ヒロイン役のリー・シャオルーはなかなかの熱演だったけどね。
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