ちゃちゃ・ざ・わぁるど

日記と言うよりは”自分の中身”の記録です。
両親の闘病・介護顛末記、やめられないマンガのお話、創作小説などなど。

ジュリー・ラテライブ・ランダム再生②

2016年09月18日 16時12分38秒 | ジュリー・・・思い出SONGSあれやこれや
例によってお久しぶりなジュリーのセトリ紹介、ラジオテレビバージョンです。
今回は懐かしのFMラジオ番組でのスタジオライブのお話をば。

かつてFM東京―FM大阪の番組に「パイオニア・サウンドアプローチ」というのがありました。
ひと月単位でゲスト=マンスリーゲストを呼んでライブとトークを展開するというメニュー。
ゲストにより4週間の構成はいろいろでしたが
ジュリーがマンスリーゲストで出演した際は1・2週目にスタジオライブ、
3・4周目はジュリーゆかりのゲストを呼んでのトークバラエティーでした。

放送されたのは1977年4月。
すなわち4月3日と10日がライブで17日と24日がトーク。
記憶があやふやですが、17日はゲストが加瀬さんと井上さんでした。多分。
当時加瀬さん(加瀬さんの奥さんだったかも)は何故かお好み焼き屋を経営していて
そのお店で何故かジュリーがお好み焼きを焼き、二人が食べながら、いろんな話を展開すると言うノリで
しかもジュリー本人は焼く方に専念していてほとんど喋らなかったと言う・・・。
24日は加瀬さん始めいろんな人がゲストだったみたいですが詳細は今となっては不明。
調べたら『「鳥元」にて』という記録が見つかりました。焼き鳥屋かな?

いずれも記憶違いが結構ありそうな気がします。間違ってたらごめん。


では、その1・2週目のセトリを挙げてみたいと思います・・・

まず4月3日。

1.MY LOVE IS YOUR LOVE
この頃ライブでよく歌われていたナンバー・・・けどのっけから解説難易度タケーの来た。
当時ファンであった人ならお馴染みのナンバーなんですが
出典不明・・・ググればオリジナルは「ホイットニーヒューストン」との記述がありますが
これは間違いですね。彼女の同名の歌とは全く別物です。だいたいそれ、1990年代やし。
1977年の冬に発売された5枚組LP「沢田研二 大全集」には
1976年12月23日公演・武道館でのライブ録音が収録されまして

その後1984年シングル「AMAPOLA」の4曲入りミュージックテープが出た折
スタジオ録音盤が収録されてた・・・ような気がする。
ファンとしてはお馴染みなのに正体がわからないという謎の名曲。
2.ママとドキドキ
1975年発売のアルバム「JUWEL JULIE」から。

ジュリーの作詞・大野さんの作曲でした。マザコンの歌??
3.時の過ぎゆくままに
今更言うことナシ!
4.片腕の賭博師
これは珍しい選曲です。1976年リリース「チャコールグレイの肖像」から。

これはすべてジュリーが作曲したアルバムで歌詞はいろんな人が書いてますが、
中でもこれは珍品?? なんと荒木一郎さんの作詞です!
荒木さんと言えば1975年のドラマ「悪魔のようなあいつ」で共演してて、その縁なのでしょう。
言わずと知れたシンガーソングライターのハシリで俳優(文学座!)で著述家で・・・と非常に多彩な方です。
♪そらに~ほしが~ある~よ~うに~
5.さよならをいう気もない
時のシングルリリース曲。この後が一世風靡の「勝手にしやがれ」だから
地味な印象があるけど・・・。うん、地味な歌でしたね。でも結構好きな人も多い。

6.悪夢
また難易度タッケーの来たよ・・・。ナンダコレ。
おそらくフランスの人気歌手、ミシェル・サルドゥのカバー
彼女が浮気する夢(悪夢)にうなされていたところその彼女に起こされ
彼女を愛する気持ちに気づいた・・・てな内容の歌。ナンダソレ。
ミシェルの楽曲はかなり多い上、ジュリーが歌う時は
原曲と違うタイトルや歌詞をつけているので、どれが原曲かわかりません。
7.愛の出帆
これはもうお馴染みの曲。お馴染み過ぎてアレ、オリジナルなんだっけ?
あ、紹介したことなかった!! なんと・・・お馴染みだと思って端折ってました、失礼。
原曲は「恋のやまい LA MARADIE D’AMOUR」といい
やはりミシェル・サルドゥーのカバーです。訳詞は竜真知子さん。
8.ある青春
これもライブではリリース当時しか歌われなかったけど名曲ですよ。
何度か登場しましたが1973年「JULIE Ⅵ」から

山上路夫さん作詞、森田公一さん作曲のアルバムタイトル曲。
なかなかに渋い選曲でしたね~。

というところで、3日はこれまで。では続いて10日のセトリをご紹介。

1.WHEN THE LINGHT WENT OUT
イギリスでリリースしたシングル、「愛の逃亡者 THE FUGITEIVE」
(イギリスでのタイトルは「FUGITIVE KIND」)に次ぐ2枚目のシングル。
フランスでは7枚ほどシングル出たんですが、イギリスではこれでおしまいだった。
結構好きですけどね。当初別の曲でいくつもりだったみたいですが
結局それはドイツ(当時は西ドイツ)での1枚目のそれもB面になった。オトナの事情?
余談ですが、ドイツの3枚目のシングルのB面は「勝手にしやがれ」の英語版でした!
タイトルは「ONE MAN AND A BAND」一人の男とバンド・・・????
サビラストの「でていってくれ~」のところが「ワンマンアンダバア~ン」となる
・・てゆうことだけ覚えてるわ。あああ~あああ~あああ あ~あ~あああ~
2.ロ・メロメロ
これも1976年リリース「チャコールグレイの肖像」から。
このスタジオライブではアレンジを変えての登場。
3.コバルトの季節の中で
もう何度も紹介しましたね、1976年リリースのシングル曲です。
4.危険なふたり
同じく~。1973年のビッグヒット。
5.夜汽車の中で
原曲はやっぱしミシェル・サルドゥの「告発 JACUUSE」という歌。
夜汽車の中でふと思う、自分はこれからも歌い続けるんだと
うたた寝をしていたら夢の中でも歌っていた、てな内容。たぶん竜真知子さん訳詞。
ジュリーはミシェル・サルドゥやジョニーアリディの歌をたくさんカバーしていますが
そして懇意にしている作詞家にフランス語バイリンガルの安井かずみさんがいましたが
何故か訳詞は安井さんではなく竜さんの方が多いのですな。
てか、ミシェルやアリディは全部竜さんだったと思います。
そしてフランスで発売した「巴里にひとり」の日本語版は山上路夫さんの訳。
まあ、訳詞と言ってもゼンブ原曲とは全然内容が違ったりしてるんですが、どれも。
6.暁のレクイエム
これもミシェル・サルドゥ。だからきっと竜さんの訳詞だろう・・・多分。
7.いくつかの場面。
これももはや言うことなしでしょ。以前の記事もご参照ください。


以上でっす。そんなこんなで今回これまで。
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