惰天使ロック

原理的にはまったく自在な素人哲学

三中 信宏「進化思考の世界 ヒトは森羅万象をどう体系化するか 」(NHKブックス)

2010年10月03日 | 土曜日の本
(Oct.2,2010・スコット・パタースンの本の感想から続き)今日はもう一冊買ったが、まだページも開いてないのでテキストリンクだけ。読んで面白かったら画像つきに格上げしよう。
進化思考の世界 (NHKブックス No.1164)
三中 信宏
日本放送出版協会
Amazon / 7net


(Oct.3,2010追記)
・・・で、今日、休日出勤の通勤電車の行き帰りで大略読み終えた。結果はご覧の通り、リンクを画像つきにした上、記事として独立させたわけである。しかし・・・とにかくもう、最初に書いておかなければいけないことがある。この本は変な本だ!もう、何て言っていいかわからないくらい、とてつもなく変な本である。変な本だが、いわゆる「トンデモ本」のたぐいでは決してない。ここらへんはスレスレかなァ、と感じるところもなくはないし、これを科学的研究と呼ぶことには、わたしはかなり躊躇いを覚える。でも全体としてはきわめて真っ当な研究である。

何がどう変なのかって、この著者の考えによれば進化論は、著者がそう呼ぶ「進化思考」、人類に固有な思考形態のひとつがヴィクトリア朝のイギリスでダーウィンにおいて結実したものと見るべきであって、その進化思考なるものの根幹は「分類」と「系統」ということにある、というのである。いまどきそれはないだろう。わたしは読んでて唖然とした。爆笑しなかっただけましだ、とホメてもらいたいくらいである。

わたしは計算機屋で複雑性の研究者だった人間である。筆者の考えがどんな大ボラに属しているかは、書こうと思えば何百行でも書くことができるが、面倒くせえ(笑)から2点に絞って言う。

(1) 現在までのところ進化論についての最も包括的かつ本質的な見方というのは、レプリケータ方程式を基礎方程式とする進化ゲーム理論と、非線形系における自己組織化の理論の結合によって得られるはずのものである。一言で言えば「自然選択=自己組織化」ということだ。分類とか系統とかいうのは、無理して言えば非線形系に特有の分岐現象に対応させて考えることができなくもないが、どっちにしてもそれは枝葉である。根幹ではない。
(2) 著者は木構造ということが人間の思考に特有の何かであるように見なしている(と思える)が、そんなことはない。系が木構造を取ることはしばしば自然の帰結にすぎないのである。要するに多体系の各要素を結合するのに、木構造というのは最も効率のいい形のひとつなのである。典型的なのは計算機における木構造の利用だが、自然においても、それこそ樹木が木構造を取っているのは、根茎から枝葉まで(あるいは逆方向に)物質を輸送するのに、木構造は最も効率がよいからである。木構造はまた節点と部分木によって帰納的(再帰的)に構成されるので、それを実現するための生物学的コストも小さくて済む。

・・・といったようなことがまるっきり踏まえられていないというのは、てんでアホな研究じゃないのか、と閲覧者は思うかもしれない。でもわたしはそこまで言う気にならない。確かに著者はいささか思い込みが先行しているのだが、研究なんてものはある段階までは何だってそんなものさ、とも言える。それよりも、普通こんだけ思い込みの強い人はどこかで必ずトンデモの方向に踏み外してしまうのだが、意外や著者は踏み外さない。それだけはなさそうだという安心感すらある。

思うに著者はダーウィンを中心に置いてヴィクトリア朝イギリスの博物学なんかを調査研究しているうちに、本人もいくらかイギリス的な経験主義の思考に染まってしまったところがあるのではないだろうか。イギリス経験主義というのも、今は昔の考え方だとは言えるが、これには今でも通用する利点がひとつある。それは形式と論理の病気にイカレずに済むこと、その途中までは行ったとしても、経験ということの現実性に回帰するモメントを内蔵していてちゃんと引き戻ってくるということだ。つまりそれが、この著者をトンデモの道へ外れることから防いでいる。

あとこの著者は、もう文章を読めば判るよと言いたいくらい、ものすごく精力的な人のようである。言ってることが合ってるか違ってるかはともかく、イヤもうそんなことはどうだっていいさと言ってみたくなるくらい、読んでいて爽快感がある。つまり根が健康な人なのである。複雑性もそうだが、哲学の世界なんかはもう、著名な学者の名前を並べるだけで病人列伝みたいになってしまうことからすると羨ましいくらいである。ビョーキの世界に飽き飽きしている人には是非おすすめしたい。時々はこういう元気のカタマリみたいな本を読むのも、悪くはないものである。

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