セブ島移住者の本音トークⅡ

セブ島でNGO活動に従事する管理人が、フィリピン人家族との奇妙な生活や、現地での国際交流について語ります。

氷解(その12)

2017-07-12 | セブ島移住生活考

さて、前回は、既にこのブログの初期に公開しておりました、プルメリア設立前に僕が所属した前身のNGOの現地担当として、僕がセブに赴任するまでの経緯について書きました。


この事を書こうと思い立った時には、実は、こんな風になってしまうとは思いも拠らなかったのですが、書き始めると、自分の頭の中に半ば封印して来た事柄が、蘇って来たり、逆に当時は鮮明でなかったが書くに連れて、明確になったモノ等々、一杯あり、結果として、長編になってしまいました。


…その結果として、僕自身の気持ちの整理も出来て、色んな事が確認できたので、そろそろ、締めくくりたいと思います。


実を言えば、これは、このブログの初期の段階でも、軽く触れていますが、前身の団体の解散、更には、プルメリアへ移行する前段階でも、実に色々とあり、振り返れば、本当に、我ながら、よく生きてきたなあ…と思います。


前身の団体が継続できなかった理由…それは、やはり、団体を公認化しなかった事であり、その裏にあったのは、オーナーのエゴだったように思います。飽くまでも、その活動はオーナーの私物であり、やりたいようにやりたかったからでしょう。


…しかし、例えば、僕が、オーナーの所属会社に籍を置きながら、NGO活動の為に海外に赴任し、会社から給料を頂く…こうした形態は、実は会社定款に定められた業務に従事しない者に給与を支払う形になり、僕の給与そのものが実は架空人件費ではないか…国税庁の査察が入った時に、そのように見做されてしまったのです。(実は問題は、これだけではなかったのですが...)


また、この国税庁の査察については、後になって分かった事ですが、オーナーが自分と一族、家族を守るために、その会社の所謂、番頭格だった方を半ば、濡れ衣を着せる形で、追い出した事から、国税庁に不正経理の件をタレこまれた事が発端になったようです。(要は、‘その方’には力があったので、オーナーには、自分が居なくなった後、自分が立ち上げた事業を‘その方’に全部持っていかれるかも知れないとした‘怖れ’が、こうした行動に繋がったようです)


慈善活動を行うような人が、その一方では、お金と言うもの、権力と言うものでドロドロになっていた訳です。実を言えば、この二面性が僕の懸念であり、この会社に採用されて、日本国内にいる内は、ずっと引っ掛かって、腰を落ち着けることが躊躇された最大の要因です。


また、前身の団体の解散に当たって揉めた時には、僕は、この方には、‘ボランティアの為’と言う名目で、会社の金を私物化する事に利用されたかのようにも思いましたし、第三者の目で見れば、そのように見えるかも知れないのですが、僕は、今では、この方に対して、寧ろ、こうしたキッカケを下さった事に感謝しています。


この辺り、こういう風に感じられるのは、僕が、少しばかり、精神世界の事を、ここに来る前に学んだ事にも影響されているのかも知れませんが、こうした問題が降りかかるのは、全て、自業自得であり、何が起ころうとも他者に責任転嫁は出来ないと言うことを、色んな教師、反面教師に見せて頂き、ある種、観えた感があります。(実を言えば、フィリピン人たちとの関わりの中で、彼らから学ばせて頂いたものも、一杯あります)


ちょっと抽象的な言い方になってしまいますが、(敢えて、そうしますが)確かに、この世は陰と陽のバランスで成り立っているけれど、こっちの極とあっちの極を行ったり来たりしてバランスを取るのは、大変に不安定で危険じゃないか、しかし、世間的に言う大きな成功(お金だったり、地位だったり、権力だったり)は、文字通り、‘極’めないと、手に入らないのかな…とも思います。


僕は出来るだけ真ん中を通って来た積もりですが、この世に肉体を持って存在している事は、今風に言えば、ハンパない事であり、様々な問題は避けられない感じです(苦笑)


また、事の善悪と言うことについても、単に世間で良いとか悪いと言われているとかじゃなくて、その本質をちゃんと観(み)ないと、訳が分からなくなるばかりです。要は、他者の価値観とかに依存してはイケナイのですね。宗教も含めてですが...(一般的に人間の善悪の判断は、自分にとって都合が良ければ善、悪ければ、悪。または、法律で禁止されているから悪。絶対的多数、或いは権威が善と言えば善、悪といえば悪…まあ、そんなところでしょう)


思うのは、人生の価値は実体験をし、それを糧にする事じゃないかと。

よって、お金じゃないとは言うものの、やはり、‘その過程’においてお金は重要なモノなので、無さ過ぎるのも辛いが、あり過ぎても、却って‘見失う’ような気もします。

 


何だか上手くは言えないのですが、僕があちこち彷徨いつつも、今日まで生き残り、大変な中にも普通に幸せを感じていられるのは、NGOと言う活動に関わって来た御褒美なのかな…と思っています。


 

 



  

 

  


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