セブ島移住者の本音トークⅡ

セブ島でNGO活動に従事する管理人が、フィリピン人家族との奇妙な生活や、現地での国際交流について語ります。

Mr. G の後日譚

2016-12-28 | セブ島移住生活考


【我が家族です】


昔、むかし、その昔...


僕、権兵衛がネットデビューをしたのは、日比結婚の情報交換サイト、‘奥様はフィリピーナ’と言うHPの管理人jungle さんへ、僕がメールを送った事がキッカケで、彼のHPに、‘Mr.G のセブ島ジャーナル’というコーナーを設けて頂いたところからでした。(因みにネットデビューはMr. GのHNを使ったのですが、このGは、ウチの飼い犬故ゴンベー Gombie の頭文字Gなのです。そして、このブログの管理人のHNもそこから取ったモノです)


...それから悠に10年以上の月日が流れています... (歳もとる筈ですね。僕も今年10月には50歳になりました...苦笑)


今回、久しぶりに、投稿しているのは、実は彼是15年程前、僕が、ここセブへ移住して来て、駆け出しだった頃の‘事件’について、前出の'セブ島ジャーナル’に投稿した事があったのですが、そのお話の続きが最近になって、予想だにしなかった形で起動したからです。


さて、ここからのお話は、実は、嫁にも話せない、ややもすれば、世間の大多数の奥様方の顰蹙をかってしまう内容になるかも知れないし、それに、僕自身の恥を晒しますし、更には、下手を打つと、関連人物のプライバシーにも大きな影響を及ぼす可能性もあります。


それで、最初は、投稿を躊躇したのですが、その登場人物の名誉回復と僕の気持の整理も兼ねて、した方が良いと踏ん切りをつけたという微妙な所があります中、そう言う話を聞きたくない方、そして、そうしたプライバシーについて詮索したがる方の御質問他には一切、お答えしない事を前提に書きますので、その辺りを期待される方には、この先、読み進められない事をお奨めいたします。




…事は、ごく最近、SNSを通して、見知らぬ女性から(…と、その時は思ったのですが)クリスマスメッセージが送られて来た事から始まりました。



僕は、取り敢えず、僕の友人の誰かの知り合いかと思い、普通に応対していたのですが、突然、僕の過去の居所について、


「あなたは、まだ、グアダルーペに住んでいるのですか?」


…と、その人が聞いて来たので、これは、誰か、過去に知り合った人に違いないから失礼があってはイケナイと思い、彼女のページを覗いて見たのですが、そこにあった画像の中の落ち着いた感じの女性が、誰なのか、サッパリ、分かりませんでした。

その内、そのメッセージの主が言いだしたのは、


「私が、あなたのお家に良くお邪魔したのは、私がまだ17歳の頃でした...」


…それで、僕は、彼女のプロフィール写真等々を再度、じっくりと見たところ、体型も顔もすっかり変わっていましたが、確かに、その目鼻立ちには、当時の面影が残っていて、本当に驚きました。


約15年前の事件の内容を手短に説明します。


ここフィリピンでは、と言うか、フィリピン人女性と日本人男性の間では‘良くある話’で、日本人の男がフィリピン人の若い女性を‘カマって’、こっ酷く、‘やられた、騙された’…と言う手合いのお話です。(当時、彼女は、夜のお店で年齢を詐称して働き始めたばかりで、僕は彼女の実年齢を知らないままに付き会いました)


その際、周囲の助けもあって、トコトンハマった訳ではなかったモノの、やはり、こんな僕でも、少し、傷つきました(苦笑)


そんな彼女と一応、つきあいらしきモノをしたのは、1年足らずの事でしたが、彼女が僕を嘘を吐いて振りまわした事について、金持ちでも無かった(今でも無いですが...苦笑)僕でしたが、日本人とフィリピン人の経済格差から、カネだけが目当てで‘カノジョ’のフリをして、自分(彼女)が本当に愛する者(彼氏)を助けようとしただけの事だったと結論付けて、最終的には、僕から彼女にその旨を伝え、関係を切ったのでした。また、その時、僕は頭の中を整理し、スッキリさせる為に、彼女との事は、本当の意味での交際ではなかったのだと、ある種、自分の心を押し殺したのでした。


...そして、その直後、僕は、‘何時までも独り身でフラフラしてるから、こうなるんだ’と、真剣に結婚出来る相手を求めた結果、今の嫁と出会ったのです。


実を言うと、その彼女から、別れた後にアプローチされたのは今回が初めてではありません。その時、嫁と結婚して、長女が生まれたばかりの頃だったので、11年程前(彼女と別れてから3~4年目)の事で、その頃、SNSとか無かったので携帯メールと通話だけでしたが...


その当時、僕は初めての子供が生まれた事で、幸せ絶頂であり、(…と言って、今、不幸せと言う事じゃないですが)彼女が突然にアプローチして来た事を寧ろ、疎ましくも思い、(ややもすると、カネに困って、カネの無心でもして来たのかとも思い) これを言わずにおいて嫁にバレると却って誤解を招くからと、正直に、そのまま、その事を嫁に告げました。

そして、その後、偶々、僕の携帯に'彼女’が電話を入れて来たのを、嫁が取って、


「私しゃ、ゴンベーの嫁だけど、アンタ、何か文句あんの?」


…と、彼女を‘撃退’してしまい、それからプッツリと連絡は途絶えたのです。(ひょっとすると、この事を何時かブログでも触れたかも知れません)


それから、また、10年以上経って、今回のお話です...


しかし、携帯メールでのアプローチと違って、今回はSNSであり、彼女がアップした画像等で、当人だとは分からない程、表情、特に目が穏やかで落ち着いた雰囲気が見え、以前のように、何かやらかすかも知れない感じの危うさが消えていたのが読み取れたので、こちらも、彼女の話を聞く気になったのでした...


「私も31歳になりました... あなたとの事、私が全て悪かったです。ただ、今、あの頃の事が懐かしくて、あなたに謝りたくてアプローチしました...」


と、彼女は始めました...


実は、彼女との別れの前後に、一部の情報は得ていましたが、彼女が当時、夜のお店で働き始めた動機は、同い年の初めての彼氏が出来て、色んな問題があった、実家を飛び出して、彼氏と同棲を始めたは良いが、彼氏にも仕事はなく、彼氏との生活を守りたい一心での事だったようです。(それで年齢まで詐称したと)そこに僕のような、当時、フィリピンの事なんて、殆ど何も知らない、中年に差し掛かったお節介なオッサンが絡んだ訳です。


…僕は、彼女には、完全に金蔓として扱われたと思い込んでいた(正直、その方が気が楽だった)けれど、今、彼女の話を聞いてみると、彼女は、僕が現れた事で、凄く、気持が揺れたのだそうです。しかし、本当の事(彼女に彼氏がいた事)を僕に言えないまま、彼女も苦しんだのだと...


また、話をもっとややこしくしたのが、お店のやり手のママさんの存在で、僕と彼女の携帯メールのやり取りにも、客引きの為に、かなり介入したと言う事実です...


そして、彼女と別れて暫くして、ある人を介して、僕は知ったのですが、彼女は、その当時の彼氏との間に子供が出来たのを機に、その彼氏が彼女を去り、シングルマザーになったという、ここフィリピンでは、判で押したように良くある話になったのでした...


...11年ほど前に、彼女が僕にコンタクトを試みたのは、子育てがちょっと落ち着き、独り身が寂しくなって、僕が未だ独りでいるなら、何とか縁りを戻せないかと思ったからだそうですが、既に僕は結婚していた上に、更にはウチの嫁に攻撃され、落ち込んだのだとか...


また、嫁と郡部の出張(NGO)をした帰りによく立ち寄るスーパーが、偶々、彼女の家の近くで、先の事件後、数年経って、これは、僕は全く気付かなかったのですが、彼女は、1回だけ、僕と嫁の姿をそこで見かけて、思わず駆け寄りそうになったのを堪え、その直後に、僕の名前をSNSで検索し、そこに僕の存在を掴んでいたけれど、怖くてコンタクト出来ず、ずっと僕の投稿を見守っていたとの事でした。


まあ、そうしたやり取りの中、実を言えば、僕の中にも、この過去約15年の内に、彼女との事では、無理やりに自分を納得させつつも、解せないモヤモヤがあったのは事実で、彼女が意を決して、‘会いたい’と言って来た事を無視する事は出来ませんでした。


...それで、自分の中のヒッカカリを解消する為にも、(勿論、嫁には内緒で)彼女に会う事にしました。


…彼女には某所で飯でも食べながら、話をしようと言ったのですが、会う予定日の昼間に連絡があり、

「昨日、寝付けなくて、一睡もしていない状態で、顔がボロボロだから、明日に延期してくれませんか...」

…と言って来たので、OKしましたが、また、その少し後で、

「今日、会わないと、ずっと会えない気がするから...」

…と、以前の横着娘の片りんを垣間見せて、僕を振りまわし、懐かしくも思いました(苦笑)


…会ってみて、正直な感想として、彼女は、事前に写真で確認しなかったら当人と分からない位、変わっていました。見かけも立ち居振る舞いも雰囲気も...

彼女は、物凄く、恐縮して、

「誰かに見られたら、あなたに迷惑かけてしまうから...」

…と、ピリピリした様子で、メシを食おうと誘った僕に、彼女は、


「今、多分、水しか喉を通らないから...」


…と言うので、カフェへ行ったところ、これも、彼女が、隅っこの目立たない席を選んでくれました...


…とにかく、最初、彼女は、泣いてばかりで、何も話しが出来ませんでした。”本当に御免なさい、私がバカだった”…と言うばかりで...


取り敢えず、彼女が落ち着いたところで、

「10年位前にも、僕にコンタクトしてくれたのに、君を疑って、ちゃんと話を聞いて上げられなかったね。悪かったね...」

…と僕が言うと、また、泣き始めて、

「そんな事ない。私は、私があなたに何をしたか、知っている。あなたは悪くない...」

…としばらく、泣きじゃくっていました。

まあ、でも、小1時間もすると、彼女もボチボチ落ち着き、色んな事を話せて、僕の誤解も氷解した次第です。


実は、僕は、当時の彼女に対しては、

「君は、まだ、若いんだから、こんな夜の仕事をしてちゃ、ダメだよ。生活費と学費は出して上げるから、お店は辞めた方が良いよ」

…と、お節介を焼いて、事実、3~4ヶ月ほど、そのようにしたのですが、学費名目で渡したお金が学費として使われず、しかも別のオトコがいた事が分かったので、僕から、関係を断ち切った訳ですが、彼女曰く、

「私も、今、娘が13歳になって、あなたがしてくれようとした事の意味が本当に良く分かりました。あの後、色々、あったけれど、私は、夜の仕事には一切、関わっていません...」

…と、言ってくれました。

それについては、現在の彼女の姿、境遇が全てを物語っており、説明を聞くまでもありませんでした。彼女が独り身を貫き通したのは、母親として、娘さんの事を第一にしたからのようです。


母親として、娘さんの事を守り続けて14年...それが彼女を立ち直らせたようです。

「君さ、若いころは確かに今より綺麗だったかも知れないけど、オレから見たら、今の君の方が、穏やかで本当に良い顔してるよ...」

…と僕が言うと、彼女はやっとニッコリ笑ってくれました。


そんなこんなで、約2時間、彼女に会って話をしましたが、取り敢えず、今後は、良い友達でいようと言う事になりました。


「私も、あなたみたいな人を探さなきゃ...」


「止めてくれよ。オレはそんなに良い旦那じゃないよ。もし、君が、嫁から結婚生活13年の話を聞いたらびっくりするよ。まあ、君と嫁が一堂に会して話す事は不可能だけどな...」


...としたやり取りも最後には出来ました。


また、当時から彼女の家族背景は、お母さんが海外出稼ぎ労働者と言う事もあって、家族一緒にいる限りは、経済状態は、実はそんなに悪くはなくて、今ではローンは残っているものの、持家もあって、彼女にも小さな商いがあり、生活にも困っていないとの事で、ほっとしています。


...しかし、まあ、長い年月は、全ての思い出を綺麗にしてくれた様で、また、僕も彼女に対する恨みはとうに、無かったけれど、変な思い込み・誤解が解けて、本当に良かったし、彼女が、長い間、僕の事を良く思い続けてくれた事を幸せに思います...(笑)


長文失礼しました...


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。





 


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